「えっ? そんなはずは……だって、桔平さん零士先生に言ってたじゃないですか。薫さんが情緒不安定なのは、今でも零士先生が好きだからだって」
この一言で、あのライブハウスで私が三人の話しを盗み聞きしていたことがバレてしまった。
「ったく……別れたいと言い出したのもそれが原因だったんだろ?」
観念してコクリと頷くと桔平さんが慌てて、自分は薫さんが零士先生を好きだなんて一言も言ってないと完全否定。
当時の会話を思い出してみれば、確かに桔平さんは『薫は今でも好きなんだよ』と言ったが、それが零士先生だとは言ってなかった。
「でも、ふたりの間には環ちゃんが……愛花さんが私に環ちゃんのことを言わないのは可哀想って言ってたじゃないですか」
突然話しを振られ、愛花さんがキョトンとしている。
「あっ……もしかして、アレも誤解しちゃった?」
そう言うと愛花さんが咳払いをして「私、渡辺と申します」と言ってクスリと笑う。けれど、それがどういう意味なのかサッパリ分からない。
「じゃあ、この台詞はどう? ――Arielが今回の新作の発表は、どうしても矢城ギャラリーさんでと言っていましたのでお願いしたのですが……」
「あぁーっ! 思い出した! Arielが矢城ギャラリーで個展を開きたいと言ってるって予約の電話を掛けてきた渡辺さん……あれって愛花さんだったんですか?」
「やっと思い出した?」
そうだったんだ……だから愛花さんと初めて会った時、この舌っ足らずの喋り方、どこかで聞いてことあるって思ったんだ……



