「きっと、隣の人が酔っぱらって部屋を間違えてるんだよ。前にも同じことがあったから」


そう、以前にも泥酔した隣人が私の部屋を自分の部屋だと勘違いして鍵が開かないと廊下で大騒ぎしていた。そんなワケだから、今回もそうだろうとドアスコープを覗くことなく鍵を開けたのだが……


「……うそ」


ドアの向こうに立っていたのは、酔っぱらいの隣人ではなく、肩で息をし、額に汗を浮かべた零士先生だった。


「どうして……」

「どうして? それはこっちの台詞だ」


不機嫌この上ない表情で私を見下ろす彼を呆然と見上げていたが、ふと我に返り、慌ててドアを閉めようとしたのだけれど、零士先生の足がそれを阻む。


「一方的に別れると言われて納得できるワケないだろ?」

「えっ……納得したから追いかけてこなかったんじゃあ……」


零士先生の説明によると、私が部屋を飛び出した直後、クライアントからクレームの電話が掛かってきて私を追うことができなかったそうだ。その後、クライアントの自宅に出向き、対応をしていたから今になったと。


「クライアントからの電話を切った後、何度も希穂に電話をしたが、お前は出なかった。だからクレーム処理をした足でここに来たんだ」


一刻も早く私に会って話しをしたかったから、最上階で止まってなかなか下りてこないエレベーターを待ち切れず、階段を駆け上がってきたと額の汗を拭う。


「とにかく中に入れてくれ」


私の体を押し、部屋の中に入ろうとした零士先生だったが、視線を上げるとその足が止まった。


「おい……そこに居る男は誰だ?」