私が思っていたより、零士先生はずっと絵を愛している。それが分かって胸がチクリと痛んだ。


「私がArielの個展を開きたいと言い出さなかったら、零士先生は絵を諦めずに済んだかもしれないんですよね」


責任を感じて目を伏せると彼は私の体をギュッと抱き締め、背中をポンポンと優しく叩きながら言う。


「バカ、お前のせいじゃない。俺が決めたことだ」

「でも……」

「お前がArielの個展を開きたいと会社に乗り込んで来た時、なぜArielが大手の画廊や美術館ではなく、矢城ギャラリーを選んだのか……それにはきっと、矢城ギャラリーでなければならない深い理由がある……そう思ったんだ」

「理由……? 零士先生はその理由を知っているのですか?」

「俺が? どうして?」

「だって、Arielは零士先生のお母さんなんですよね? だからその理由を聞いているのかと思って……」


すると零士先生が体を起こし、徐にサイドテーブルの上にあった煙草に手を伸ばす。その姿は返答に困っているように見えた。


「それは、親父の妄想だ。Arielの作風が母親の描いていた絵と似てるというだけで親父はArielを毛嫌いしている。Arielにとっちゃ、いい迷惑だな」

「じゃあ、Arielは零士先生のお母さんじゃないんですか?」


私の質問に小さく頷いた彼が火を点けたばかりの煙草をもみ消し、真顔で言う。


「ホントはな、Arielの個展を開催したいと思った理由がもうひとつある」

「えっ?」

「お前がそれを望んでいたから……」

「あ……」


驚く私の髪を指ですき、強引なキスが唇を塞ぐと苦い大人の味がした。


「もう一度、希穂が欲しい……」