だったらなぜ、零士先生は自分の気持ちに嘘を付いて生きていく方を選んだの? やっぱり、Arielが零士先生のお母さんだから? お母さんの願いを叶えてあげたくて自分の夢を捨てたの?


「零士先生は、本当は画家になりたいんですよね? それなのに、どうして絵への熱い思いを封印してまで春華堂の社長になろと思ったんですか?」


我慢できず疑問を口にすると零士先生は小さく息を吐き、微苦笑する。


「母親と俺は違う。一度は会社を辞め、画家になろうと思ったが、曾祖父の時代から続く春華堂を守るのが俺の役目だと気付いたんだよ。それに……」

「それに、なんですか?」

「薫も俺が親父の後を継いで春華堂の社長になることを望んでいる。アイツは今でも俺の家族を壊したのは自分だと思っているからな。これで俺が会社を辞めて親父との関係がマズくなったら、薫はもっと傷付く」


「じゃあ、薫さんの為に夢を諦めたんですか?」


しつこく食い下がる私に零士先生は「そうムキになるな」って呟くと甘美な視線をこちらに向けた。


「俺がそう決心したのは、やっと長年の夢が叶ったからだ」

「長年の夢……?」

「そうだ。ずっとお前を描きたいと思っていた。大人になったお前をな……」

「……えっ」

「俺が絵を諦めてもいいと思った一番の理由は、お前が俺の前に現れたから。最後にお前を描くことができたら、絵を捨てても構わない。そう思ったんだよ」