「はい。夜ご飯に誘っていただいた日です。自分の自惚れなら、お恥ずかしい限りですが…」



なかなか次の言葉が出てきやしない。

小心者の自分が、言わせまいとする。

それをグッと押し切った。



「やっぱり、あの…角野先輩とは、お付き合いできません」



自分は必死で言葉を紡ぎ、やっとの思いで言葉を言い切った。

どうしようもない程に、未だに唇や手や足が震えていた。

先輩は動きを止めて、こちらを見ているだけだった。

また人を傷付けた。



「すみません。でも、自分にとって角野先輩は、今も、いつまでも尊敬の対象で…」



震える声を一生懸命に抑えて、音にする。

フォローしなければ、嫌いなわけでは決してない、ということだけは伝えようと必死になる。

すると、視界を塞がれた。

顔の前に突然、掌を見せられていた。

先輩が差し出したこの手の意味は、拒絶だろうか。

この人からの好意に対して、酷いことをしていても、出来ることならば縁を断ち切りたくない。

そんな愚かな考えは、自分自身を日頃から甘やかしているせい。

だけど、この人には、もう無視なんてされたくない。



「せん、ぱい…」



先輩は、自分の顔の前から手を退かす。

そこから見えた顔は、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでも、無表情でもなかった。

角野先輩は、笑っていた。

ただ、それは無理をしているようにしか見えなかった。