コンビニの扉が開くと、そこには賀代が立っていた。

「あ、シン君…」

賀代は驚いた表情で僕の方を見た。

僕は突然の出来事に動揺した。

「か、か、か、賀代ちゃん!ちょっとね、函館まで旅に行ってきてさ、今帰る途中なんだよ!」

賀代は微かに笑った。
白川さんの家で会った時とは違い、冷たい感じはなかった。

「こんなところで立ち話もなんやから、コーヒーでも飲みに行かへん?」

奇妙な感じがした。
もう挽回の機会はないだろうと諦めていたからだ。

いや、挽回もなにも、僕は賀代の機嫌を損ねるような事は何もしていないのだから、この前の冷たい態度こそがむしろ変だったのだ。

きっと賀代は女性特有のサイクルで機嫌が悪かっただけなのだ、と、脳天気な僕はそう考えることにした。

賀代のお気に入りの喫茶店。
田舎町の店らしからぬ洒落た佇まい。

向かい合わせに座る。
賀代の笑顔が、心の中の暗雲を吹き飛ばし、陽の光を満たしてゆく。

「タバコ吸ってもいい?」

僕は、ああ構わないよ、と促した。

灰皿には、コーヒー豆の出がらしが敷きつめてある。

「ウチ、この灰皿が好きなんよ。」

そう言いながら、まだそれほど吸っていないタバコの先でコーヒー豆の出がらしをつついた。

タバコを吸う女が嫌いということはない。むしろ、タバコを吸う女は陽気で親しみやすいことが多いから、そのこと自体は気にもしない。

しかし、賀代に限っては、愉快ではない気持ちがなくもなかった。

女がタバコを吸うのは男の影響である。
賀代は今までどんな男と付き合ってきたのだろう?
煙の向こう側にその人影が見えるような気がしたから。

「シン君は、どの露天風呂が一番好き?」

「そうだな~、やっぱりセセキ温泉が一番好きだなあ。海が見えるしね。」

「シン君、どんだけ海が好きやねん。戸崎さんが言ってたで。あいつは海ばかり見に行ってカッコつけた男やねんって。」

「いやあ、カッコなんてつけてないよォ。確かに海は好きだけどね。で、賀代ちゃんはどの露天風呂が一番好き?」

「うちはニセコの雪秩父の露天風呂が一番好き。」

僕らは旅と温泉のことばかり話していたが、少しばかり黙ったあと、また賀代が話し始めた。



「ねえ、今度戸崎さんの所に行かへん?」

「行かへん?ってさ、戸崎さん今札幌じゃなくて美深だよ。」

「だから、美深に行かへん?」

「え?だって美深遠いじゃん?」

「言うほど遠くないやろ、行こう、行こう!」

「よし!行くとするか!」

賀代の住む町から美深町までは日帰りは出来ない。

もちろん僕はOKした。

予期せぬ偶然が、賀代と僕との間に新たな約束をもたらした。