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「ただいまー」


慣れた手付きで玄関のドアを開けて中に入る。忘れ去られたように隅に置かれている、時が止まったままのくたびれた、だけどとても気に入っていたスニーカーを見て、まだ捨てていなかったことを思い出した。


ーーこの休みのうちに、処分してしまおう。


そう決意し靴を脱いでいると、パタパタと軽やかなスリッパの音が近付いてくる。


「あら、お帰り。早かったのね。何時の電車か言ってくれれば駅まで迎えに行ったのに」

「いいよ、大丈夫だから」

「またあんたはそうやってーー」

「はいはい、まずは荷物の整理をしてくるね。あと、はいこれ、お土産。お母さん好きそうなやつ」


母親の小言もそこそこにお菓子の箱を押し付けると、私はキャリーバッグの車輪を拭いて自分の部屋へ運んだ。


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「ーーで? どうなの、お仕事は」


夏だけど、温かいお茶の入った湯飲みが目の前にある。昔から母はこうだ。体を冷やさないようにと娘を気遣ってくれている。


「どうって、別に何も」


常備されている、母の大好きな煎餅に手を伸ばした。夏と言ってもそろそろ秋の足音が聞こえてくる8月の終わりのこの時期は、夏の暑さと毎年お約束の暴飲暴食で胃が疲れてしまっているようだ。こういった素朴な味わいが丁度良い。香ばしい醤油味の煎餅をぽりぽりかじってお茶を啜ると、ため息が出た。