俺はあれこれ考えたが

どれも現実的とは思えなかった。

なぜなら

一人の女性に対して責任が持てないし

第一自分の気持ちが中途半端だ。

「入籍は俺としては気持ちが決まらない。正直言うと、君に対してもっと時間をかけたいし。こんな言い方で済まないけど。」

多良はコーヒーを飲もうとしてやめ

綺麗にカープを描いた右の眉を持ち上げて小さくうなずいた。

「わかりました。私としても性急な行為だと思っていました。では今よりも少し前進という形で同棲を考えてください。」

「同棲?ここに越したばかりで?」

「私はあの家を出るならどこでも同じですので。」

「多良、考えが甘い。家を出るということはもう戻れない、戻らないという意味だ。」

「そうですね。」

「よく考えたのか?骨の髄まで考えて考え抜いたのか?早まったんじゃないのか?」

しばらく見つめ合い

彼女はつとまぶたを伏せた。

「私は考えに考え抜きました。あのしがらみから解放されるならどんな境遇でも構いません。」

言わんこっちゃない。

世間知らずだとしか思えない。

「今まで聞かなかったけど、生活費はどうしているんだ?」

「権利金が入るのでそれで充分賄えています。」

彼女はそんなことは何でもないといった表情で答えた。

「なるほど。働く必要はないということだ。」

「それが何か問題ですか?」

「大いに問題だよ。」

俺は彼女が好きだ。

内面にある強さにひかれた。

一方でゆずれない部分があった。

これまで働くことを知らない人生だったことで

一般的な金銭感覚が全く身についていないことだ。

それは俺にとって大問題であるが

彼女の人生においては考えなくてもいい内容だと確信した。

その差はとてつもなく大きいし

永遠に恋人として付き合うわけにはいかない。