「しかし、本当に素晴らしい音ですね…まるで、人の、声の様…」
「ありがとうございます。ここまで来るにも、苦労の連続でした。リョウさんとなかなか仲良くなれず、大変でしたから」
江波くんは本当に、興味を持ってくださっている様子でした。
とても有り難いことです。
「え、リョウさんって、誰?」
「あのサックスよ」
「へ?」
「あんたらが、道具に愛着湧くのと、同じようなもんじゃないの?」
「あ、あぁー」
マネージャーの彼女と部員の皆さんが、話している内容は全く聞こえず、私は江波くんの表情に見入っていました。
江波くんの表情は、野球のことに触れている時のものとは、また違うものです。
順位をつけるとしたら、どちらが上なのでしょう。
当然それは、野球だと思います。
あれ程にも、生き生きとしたお顔は未だ、拝見できずじまいなのです。
「あ、えっと…お邪魔しました。すみません」
江波くんは、確かに口ではそうおっしゃいました。
足も半歩程、僅かに後方へと動きました。
しかし、その場から去ろうとはしないのです。
その原因は、きっと周りのお仲間にあるのでしょう。
「お、おい。みんな、そろそろ行くぞ。練習の邪魔になるだろ」
その後、しばらくの沈黙がありました。
「な、何でみんな、動かないんだ…!」
「あんたは、もういいの?」
一番に口を開いたのは、マネージャーの彼女でした。
それに、野球部のお仲間の一人が続きます。
「もう話さなくていいのー?」
彼女の真似を、少ししたようです。
その方は、一瞬彼女に睨まれ、びくついてらっしゃいました。
私も実は、もう少しお話していたい、そう思っていたところなのです。