「ああ、驚いた。あなたって、本当に数学出来ないんですね」
「何とも…申し上げようもございません」
たった今は、先日、数学の時間に行った、点数皆無の小さな試験の復習をマネージャーの彼女にお願いしているところです。
彼女はすこぶる、呆れてらっしゃる様子でした。
本日、もう何度目かもわからない溜息を吐かれてしまいました。
そして、背もたれに身を任せ、のけ反っていた彼女でしたが、また前のめりの体勢に戻り、きちんと教えてくださるのです。
「これは、いつまでも普通に解こうとしていても、日が暮れるだけなので『解の公式』を使うんです。ああ、きっと『解の公式』がわからないですよねー」
「ええ、全く分かりません。是非、教えていただけますか?」
「まったく…」
そうは言いつつも、彼女は丁寧に教えてくださいます。
やはり、根はとても優しい方なのです。
彼女が教えてくださると不思議と、先生が授業でお話ししてくださるよりも、すんなりと頭に入ってきます。
私自身、とても頭が良くなってしまった、と錯覚する程にです。
「一体どうしたらそんな簡単な計算を間違えることが出来るんですか」
ああ、この方の前で気を抜いてはなりません。
この様なやり取りを、先程から繰り返している私たちなのでした。
いつの間にか、それを見ていた江波くんは、ほんの少しの羨望の眼差しで私たちを見ていた様でした。
そして、しばらくの沈黙の後、江波くんは改めて口を開きました。
「二人とも、楽しそうだな」
「そんなこと…!」
「ええ、とても楽しいです」
「…え」
ちょうど良い瞬間に、マネージャーの彼女と私は違うことを、同時に発していたのです。
再び訪れたしばらく沈黙の中で、お互いの顔を見合わせました。



