俺とマネージャーは二人、音楽準備室を通って、音楽室内へと案内された。
深海魚の君は、学校の備品である机を1つ用意し、3つの椅子でそれを囲んだ。
今、俺たち二人は、そこに座らされている。
別に何の変哲もない音楽室だ。
きょろきょろと辺りを見回す俺に、マネージャーは小声で促す。
「ちょっと、しっかりしてよ。あんたが言い出したんだからね」
俺がそれに小さく頷くと、深海魚の君が音楽準備室から戻ってきた。
その部屋は本来、部活動を行っているのならば、顧問のものとなるはずなのだが。
これは、突き止めなければ、気が済まない。
戻ってきた深海魚の君は、ティーセット一式をお盆に乗せていた。
「どうぞ。ストロベリーティーです。苺はお得意ですか?」
「ああ。ありがとう」
甘い香りが鼻をかすめる。
隣にいるマネージャーは、既にティーカップを手に取り、紅茶を楽しんでいた。
俺は、何から尋ねようかを迷う。
すると、深海魚の君が俺を落ち着かせるように、優しく声をかけた。
「お話とは、どういったご用件でしょう」
「あ…その…」
先程、マネージャーに促されたばかりなのだ。
みっともなく、怯えている暇はない。
深海魚の君は、静かに微笑みながら、俺の言葉を待っている。
「あ、あの。吹奏楽部の練習は、もう、終わったんですか」
「ええ。先程、終えたばかりです」
それは、本当なのだろうか。
つい先程、終えたというのならば、もっとざわついているはずではないのか。
加えて、この様に人が、一瞬で居なくなるはずがない。
俺たちが階段を上がってきた時、一人もすれ違うことは無かった。
その気配すらも、だ。
「ほかの部員の方たちは…一体…」
「吹奏楽部の部員は、私一人です」
俺は驚きのあまり、皿のように目を丸くした。
そして、マネージャーと、互いに顔を合わせた。
「顧問も居ませんし。残念ながら、部活動は正式なものではないのです」
「そ、そうだったんですか…」
彼女は、寂しそうに話す。
少し申し訳ない気持ちになった。
しかし、深海魚の君は、あ、と何かを思い出したかのように胸の前で両手を合わせ、ぱんっ、と鳴らした。
「部員は私一人と言ったのを、撤回させてください。私は決して、一人などではありません!」
「え。それはどういう…」
すると、彼女は立ち上がり、別の机に置かれた黒いケースのもとへ駆け寄っていく。
そういえば、先ほどは暗闇だったため、全く気付かなかったのだが、この部屋に入った時にあのケースを背負っていた。
彼女は、ケースをそっと撫でる。
「いつも、愛人と共にいます」
「ええっ?!」
「あんた、うるさい」
「いや、だって…
あの、今は居ないですよね…」
俺の期待する答えが、返ってくることを祈る。
そんな想いを込めて、聞いた。
「居ますよ」
「ぬあっ?!」
「だから、うるさい。あんた、今日どうかしたの?」
俺を馬鹿にするマネージャーを横目に、俺は動揺を隠しきれないでいた。
「名を“龍(リョウ)さん”と言います」
普通の名であるはずだというのに、俺の精神が極致に追いやられているためか、非常に強い人物の印象がある。
第一に受けた印象は、コンビニエンスストアの前で二輪とともに集う、喧嘩っ早い連中が思い浮かんだ。
いや、こんなにも上品な雰囲気を醸す深海魚の君に限って、それはあまりにも…
俺が迷走しているのを遮り、彼女は「今、呼びますね」などと言う。
待ってくれ、まだ殴られる覚悟が―。
混乱する俺を無視し、何やら手を動かしながら、彼女は続けた。
「こちらが私の愛人であり、相棒の“リョウさん”です」



