「お、驚かせるな…」
「ふん。何か、悪い事でも考えていたのかしら」
「お…お前な…」
マネージャーを睨みながら、膝を立て、立ち上がる。
マネージャーは睨みをきかせて、俺に行く先を問う。
もちろん、俺に抗う術もなく、答える以外になかった。
「音楽室?何しに行くのよ」
「わ、忘れ物をしたんだ」
「あんた、選択の授業は、書道じゃなかったっけ」
ああ、しまった。
墓穴を掘った。
これからは人にも自分にも素直に生きよう、と俺は心に決める。
「さては、例の深海魚の子に会いに行くのね」
「ふっ…違う」
図星の様で、そうではない。
自信を持って、そう言える。
思わず、俺がほくそ笑むと、マネージャーはさも不快そうに顔を顰めた。
「…珍しく、うざい」
「今更だ。何とでも言え。
…俺は音楽室に行って、真相を突き止めに行くんだ。吹奏楽部が本当に存在するのかを、な」
「あんた、今日はよく喋るわね」
「とりあえず、絶対について来るなよ」
俺はマネージャーを背に、音楽室のある方向へと颯爽と歩みを進めた。
4階の階段を上りきり、この角を曲がれば音楽室だ。
しかし、その前に、だ。
「おい。ついて来るな、と言ったはずだが」
ここへ辿り着くまで、ずっと背後に感じていた気配にやっと声をかける。
「いいじゃない。私だって気になっていたんだもの」
仕方のない奴だと諦め、角を曲がった。
すると、案の定だ。
音楽室の電気も、そもそも音すらも消えていた。
予想通りの結果だ。
決して、落胆などは、していない。
「何?もう鍵もかかってんの?」
そう言ったマネージャーが扉のノブをガチャガチャ、と弄る。
それも無駄なことだろう。
人の気配は、もう皆無だった。
そう、人の気配はもう―
ペタ。
待て。今、何かが聞こえた。
ペタ。
何だ、今の音は。
少し湿った感じの音がする。
ペタペタペタペタペタ、ペタ…ペタ……ペタッ。
音が、俺の背後で止まった。
何だ、何だというんだ。
嫌な汗が頬、背中につたう。
扉の鍵を諦め、振り向いたマネージャーが俺の異変に気づいた。
「どうかした?」
「あ…お、俺の後ろに何か居ないか?」
「自分で見たら?」
こいつでは話にならない、と意を決して振り返る。
「私が居ますよ」
「うわあああああっ!!!!」
「あんた、うるさい」
「だだだだだ、だって…!」
本当に驚いた。
俺は緊張しいではあるが、これ程までビビりであったとは自覚がなかった。
俺の背後に居たのは、想像していたような恐ろしい存在などではなかった。
暗闇の中に見えたのは、まばゆく輝く笑顔だった。
「お疲れ様です。お二人とも、こんなところでどうかなさいましたか?」
「あ、あの…えっと…」
俺が口籠っていると、マネージャーがうんざりした様子で、俺を睨んだ。
そして、深海魚の君のもとへと近寄っていく。
「ちょっと話があるんですけど」
少し喧嘩腰にも見える。
しかし、これがマネージャーの平常なのだ。
俺は、後ろから落ち着かない想いで見守っていた。
相手がそんな挑発的な態度であるにも関わらず、深海魚の君は穏やかに微笑んでいた。
相変わらず、変わった人だな、と見つめる。
「まあ。それでしたら、どうぞ中へ入られてください。紅茶でもいかがですか」
…音楽室はあなたの自室なのですか、と思わず尋ねたくなった。



