めはくちほどに


良い人だったと思う。良い母親だったとも思う。

その分絶望が大きくて、これでは善人は損しかしない。

不良が捨て犬を拾うとか、夜はキャバ嬢をやってるけど昼は大学生だとか。

先に悪いことを言えば良い風に伝わるのなら、

『余所の男と心中しましたが、実は五児の良い母親でした』

とでも話せば良いのか。

そのことについて、父と深く話さないまま、逝ってしまった。

死んだ人間とは話せない。
じゃあ次話せるときは、私が死んだときだろう。



「紺野さん、指輪を買いに行こう」

電車に乗ろうと改札を抜けると、副社長に掴まった。