私はじっとモニターだけを見ていた。
折笠さんと有坂さんの会話は理解できないし、もう耳に入ってこない。
西牟田四段は湊くんのと金をまた取った。
二人は湊くんが勝つというけれど、
「なんか湊くんの駒、どんどん取られているだけに見えます」
湊くんの駒台の上には、金が一枚と歩が二枚しかないのに、相手の方はたくさん並んでいる。
それだけ湊くんの駒が取られているのだ。
さらに湊くんは、相手玉の近くに残り少ない歩を打ち込む。
けれどやっぱりあっさり取られる。
「そうですね。だけどほら、西牟田くんの王様は丸裸でしょう? ただで取られたわけじゃなくて、守りの駒を引きはがしていたんですよ」
駒台の端にそっと触れた湊くんの左手が、わずかに震えたように見えた。
それでもしっかり金を掴み、背中と腕をまっすぐに伸ばす。
湊くんから一番遠い位置まで伸び上がるように。
今度こそ届く。
湊くんがすべてを賭けて目指したものに。
いつのまにか、祈るように両手を握りしめていた。
だけど私が想いを届けたいのは神様ではなく、あの左手。
打ったのは無防備な相手玉の真下。
映像が盤を映したものから対局者を映すものに切り替わる。
『50秒ー、1、2、3、4、』
西牟田四段が駒台に手を置いて、何か指すのかと思ったら、
『……負けました』
そのままペコッと頭を下げた。
湊くんは相手よりゆっくりとそして深々と頭を下げ、そのままうなだれている。
膝の上に置かれた両手がぎゅうっと握られ、全身に力が込められたまま動かない。
会場からは拍手が上がっていた。
対局室にはぞろぞろと記者が入って、シャッター音が響く。
『おめでとうございます。見事プロ入りが決まりましたが、今はどんなお気持ちですか?』
画面の中の湊くんは、やはり重苦しい前髪とメガネでいつもと変わらないように見える。
だけど、固く結ばれていた口を開いて記者に向けた目は真っ赤だった。
『……ホッとしています』
絞り出すようなか細い声だった。
対局中黙っていたから枯れたのとも違うと思う。
ハラハラと涙が落ちてきた。
今日はハンカチを探してバッグを探る余裕もなく、袖口を目の下に当てる。
化繊のニットはまったく涙を吸わず、顔中がベチャベチャになってしまった。
声も出さずに泣き続ける私を、棋士の二人は気にした様子もなくモニターを見ている。
将棋内容に関する質問が続いて、答えるうちに落ち着いたらしく、声が通るようになってきた。
『本局にはどういう気持ちで臨まれましたか?』
『自分らしい将棋を指すことに集中しようと思っていました』
『プレッシャーのかかる状況だったと思いますが?』
『それはもう仕方ないので』
『この勝利を誰に伝えたいですか?』
湊くんは困ったように視線をさ迷わせた。
『………………えっと、応援してくださった方たちに』
折笠さんは呆れたように言う。
「『彼女に』って言えばいいのに」
「あの、私彼女じゃありません」
「え!?」
折笠さんと有坂さんが声を揃えて言った。
「じゃあ、どういう関係なんですか?」
「どういう関係……どういう関係なのかなぁ?」
「なんかいいなぁ。楽しそう。湊さんの見ている世界は、きっと俺より彩り豊かなんでしょうね」
有坂さんの声は、ずっと高いところから降ってきたように思えた。
折笠さんと有坂さんの会話は理解できないし、もう耳に入ってこない。
西牟田四段は湊くんのと金をまた取った。
二人は湊くんが勝つというけれど、
「なんか湊くんの駒、どんどん取られているだけに見えます」
湊くんの駒台の上には、金が一枚と歩が二枚しかないのに、相手の方はたくさん並んでいる。
それだけ湊くんの駒が取られているのだ。
さらに湊くんは、相手玉の近くに残り少ない歩を打ち込む。
けれどやっぱりあっさり取られる。
「そうですね。だけどほら、西牟田くんの王様は丸裸でしょう? ただで取られたわけじゃなくて、守りの駒を引きはがしていたんですよ」
駒台の端にそっと触れた湊くんの左手が、わずかに震えたように見えた。
それでもしっかり金を掴み、背中と腕をまっすぐに伸ばす。
湊くんから一番遠い位置まで伸び上がるように。
今度こそ届く。
湊くんがすべてを賭けて目指したものに。
いつのまにか、祈るように両手を握りしめていた。
だけど私が想いを届けたいのは神様ではなく、あの左手。
打ったのは無防備な相手玉の真下。
映像が盤を映したものから対局者を映すものに切り替わる。
『50秒ー、1、2、3、4、』
西牟田四段が駒台に手を置いて、何か指すのかと思ったら、
『……負けました』
そのままペコッと頭を下げた。
湊くんは相手よりゆっくりとそして深々と頭を下げ、そのままうなだれている。
膝の上に置かれた両手がぎゅうっと握られ、全身に力が込められたまま動かない。
会場からは拍手が上がっていた。
対局室にはぞろぞろと記者が入って、シャッター音が響く。
『おめでとうございます。見事プロ入りが決まりましたが、今はどんなお気持ちですか?』
画面の中の湊くんは、やはり重苦しい前髪とメガネでいつもと変わらないように見える。
だけど、固く結ばれていた口を開いて記者に向けた目は真っ赤だった。
『……ホッとしています』
絞り出すようなか細い声だった。
対局中黙っていたから枯れたのとも違うと思う。
ハラハラと涙が落ちてきた。
今日はハンカチを探してバッグを探る余裕もなく、袖口を目の下に当てる。
化繊のニットはまったく涙を吸わず、顔中がベチャベチャになってしまった。
声も出さずに泣き続ける私を、棋士の二人は気にした様子もなくモニターを見ている。
将棋内容に関する質問が続いて、答えるうちに落ち着いたらしく、声が通るようになってきた。
『本局にはどういう気持ちで臨まれましたか?』
『自分らしい将棋を指すことに集中しようと思っていました』
『プレッシャーのかかる状況だったと思いますが?』
『それはもう仕方ないので』
『この勝利を誰に伝えたいですか?』
湊くんは困ったように視線をさ迷わせた。
『………………えっと、応援してくださった方たちに』
折笠さんは呆れたように言う。
「『彼女に』って言えばいいのに」
「あの、私彼女じゃありません」
「え!?」
折笠さんと有坂さんが声を揃えて言った。
「じゃあ、どういう関係なんですか?」
「どういう関係……どういう関係なのかなぁ?」
「なんかいいなぁ。楽しそう。湊さんの見ている世界は、きっと俺より彩り豊かなんでしょうね」
有坂さんの声は、ずっと高いところから降ってきたように思えた。