うちの会社の正面玄関は、住宅街を向いている。
真向かいは十五階建てのマンションで、両隣は戸建て住宅。
路線バスも通っているようなそこそこ広い通りにも関わらず閑静で、あまり人通りも多くない。

だから自動ドアを抜ける前に、ガードレールに腰掛けている人が湊くんだって、すぐにわかった。
日が落ちてすっかり暗くなった道で、エントランスから漏れる明かりの中にいる。

二月の夕方は、室内にいてさえ底冷えする。
湊くんもコートのポケットに手を入れて、寒さで全身を固く縮めていた。
私がそこに行くってわかっているみたいに、動かず私を待っている。
そんな態度は悔しいけれど、湊くんを無視できるわけがない。

「来るのは全部終わってからじゃなかったの?」

嫌味とともに吐き出された白い息が、湊くんのコートの上で消える。

「それとも、負けたからそこで凍死するつもりなの?」

「したいくらいの気分ではある」

「やめなよ。湊くんが死んでも、悲しむのなんて私くらいだよ」

「相変わらず、今井さんは遠慮ないな」

湊くんはふっと笑ったけど、その笑みは吐息と同じくらいに弱々しく、口角が少し上がっただけのものだった。

「だけどよかった。むしろそれを聞きに来たから」

暗くて寒い中では髪のツヤさえ消えたように見えて、血の気の薄い顔を一層引き立てた。

かける言葉がない。
『大丈夫だよ』
『まだ終わってないよ』
湊くんの覚悟を知って、そんな薄っぺらい慰めは言いたくなかった。
『人生に無駄なことはない』
『これを糧に前へ』
長い人生にとっては有効な言葉かもしれないけれど、今の試験はそういう類いのものではない。
勝つことのみを求めるものだから。

ただ観ていた私でさえ、胃の奥に冷たい塊を抱えている。
通常の日常生活で表面を塗装しても、気を抜くとその塊が染み出して全感情を支配する。
湊くんが受けた衝撃は、どれほどのものか想像もできない。

駅まで一緒に行こうか、と湊くんは一歩先を歩く。
私は少し前を歩く湊くんを眺めながら後をついていく。
湊くんが何も言わないから、私も何も言えなかった。
会社や住宅の明かりと街灯の薄暗い世界で、その輪郭はぼんやりとにじんで見える。
信号待ちで立ち止まると、次々走り抜けていく車のライトが表情のない横顔を照らした。