—— “桜井芽瑚さん、でしょ?”



夏に、初めてそう呼ばれた日。珠理と、ちゃんと目を合わせた日。

あれが、すべての始まりだと思っていた。


…でも、あの頃にはもう、珠理はわたしのことを見ていてくれたんだ。




「あーもう…。本当は今日言うつもりじゃなかったのに。こんなことされたら言いたくなっちゃうだろーが、ばかめご」

「なっ…」


はあ、と、ため息をつきながら、左手で顔を覆って座り込む珠理。

それには何も言い返せなかったけど、小指を繋がれたまま、わたしも一緒に背中を丸めて座った。


…少しだけ見える、珠理の顔。めずらしく、照れている。


「ほんと、この間からなんなんだよ。こんなの、嬉しすぎて死ぬ…」

「…し、死なないよそのくらいで…」

「なめんな。何年片想いしてきたと思ってんだよ、ばか」

「で、でもあんただって、今まで他の人と付き合ったりしてきたんでしょ…」


…あぁ、こんな時まで、可愛くないなあと思う。我ながら。


「好きな人にあんなラブラブの彼氏がいたらグレたくもなるわ。…でも本気になれなかったから別れたんだろ。つーかもうそこは突っ込まないで…」

「…ん」


完全に、周りは紫に包まれた。

夕陽が沈むのを見送った人たちが、徐々に下へ降りていくのが見える。

その中に、座り込んでいるわたしたち。

そっと手の平を顔から離した珠理と、目が合う。


そして、またピクリと跳ねる、わたしの心臓。