「…めご、ごめんなさい。その人はね…」
「いいっ、聞きたくない…!」
——なぜ、そう思うのかは分からなかった。どうして、伸びてきた手を払いのけてしまったのかは分からなかった。
…本当に、分からなかったの。
もやもや、もやもや。
得体の知れないその気持ちが、重なって重なって、大きな黒い雲みたいに集まって、頭の中で、爆発しそう。
「アンタは、オネェだからそんな風に軽くわたしにも触れるんだろうけど…っ、アンタは、アンタは男の子なんだからね…!」
「———…っ」
「そこのところ、もっと自覚してよ…!」
どうして、こんなこと言うのかも分からなかった。
ただ、イライラしていた。何もかもに。
何も言い返してこない珠理も嫌だったし、こうやっていきなりヒステリーを起こす自分も嫌だった。
でも、そうやってわたしよりももっともっと大切な人がいるのに、わたしにやさしくしてくるところが、この時はどうしようもなく嫌だと思った。
…だって、リョウちゃんのことだけが好きだったわたしだったら、絶対他の人に、やさしくなんかしなかった。
珠理は、わたしとはちがうのに。
「もう…、帰る…っ。さようなら」
「ちょっと…、めご…!」
オジサンには申し訳ないと思ったけど、そこの空間にいて夕飯までご馳走になる自信はなかった。
早く、ここを出たいと思った。



