「…別に。アンタを起こそうとして頭に触ったら、アンタが寝ぼけて違う女の子の名前を呼ばれただけ」
「…!」
早口で、教えてやった。あんまりじっくり、やさしく教えてあげる気は起きなかった。
だけど珠理だから、それも全て拾ってしまって、やっちまったと言わんばかりに、大きな手のひらで顔を隠していた。
「…名前って、何? サユリのこと?」
「…っ!」
そして、再びその唇から発せられた、名前。
…あれは、本当に間違えられたんだ。その、「サユリさん」と。
「…そう。その人。“サユリ”」
「………」
珠理は、固まったまま、動かなくなった。
…あぁ、本当に、ふれちゃいけないことに、ふれてしまったのかもしれない。
これは、珠理のヒミツだったのかもしれない。わたしが知らない、珠理だったのかもしれない。
“ずっと、忘れられない人がいるって”
…いつかの、茶々ちゃんの言葉を思い出した。そのまま、茶々ちゃんの声で。
そんな人がいるのに、珠理は茶々ちゃんとも付き合っていた。わたしが泣いていたら、飛んできた。抱きしめた。
…寝ぼけて名前を呼んでしまうくらい好きな人がいるのに、その人以外にも、そんなことができるんだ。
「…っ」
そう思うと、無性にイライラした。やさしさでしていてくれていたことだったのに、急にそれが怒りに変わっていくような感じがした。
知られてしまった、と、顔を覆っている珠理を見て、ものすごく、モヤモヤしていく。



