「めごちゃん」
「ん?」
「人間な、つらいことがあっても、食って寝て、日常を過ごしてりゃいつかは忘れていくもんだよ。それがいくら楽しい思い出だったとしても、それを上塗りするくらい楽しいことを経験すれば、自然と消えちまう」
「…」
いつのまにか、フゥッとタバコを吹かせているオジサンは、遠くを見つめながらそんなことを言った。
…そして、この人がタバコを吸う人だったということを、初めて知った。
わたしは、オジサンが放った言葉を飲み込むように、もう一度、目の前のフルーツティーを飲み込んで。
「…じゃあ、すごく、すごくすごく好きだった人を、大切だった人を忘れるには、どうしたらいいの…?」
わたしも、バカな質問をするなあと思った。こんなこと聞かれて、オジサン困るだけじゃないか。
…でも、わたしよりも数倍多く生きているこの人なら、何か知っているんじゃないかって思ったんだ。
「人間、大事な人のことを忘れるのが一番難しいんじゃねぇかな。イヤな出来事とか、自分がなんとも思ってない人のことはすぐ忘れるけどな。人にかけた情を失くしてしまった時ってのは、一番辛いんじゃないかって思うよ」
「…」
「…でも、それでも忘れることができるとするなら、その大切な人よりも、もっと大切だと思える人ができた時かもな。めごちゃんにとって、もっと好きだと思える人ができた時、きっと過去に出来ると俺は思うよ」
「…もっと好きだと、思える人…?」
そんな人、できるの? 今だって、こんなにリョウちゃんのことしか考えられていないわたしに、そんな人、できる?
「…出来るんだよ。特にめごちゃんくらいだと色んな出会いがあるからね。いいか?いつまでも過去に取り憑かれていちゃあ、ダメだ。大丈夫だと思ったら、すぐに飛び込め。それが過去に出来る、一番の近道だよ」
「………」
いちばんの、ちかみち…。



