「あ、いたのか」


朔弥の目がこちらに向く。その目が不機嫌そうに細められる。


「お前、支度に時間かかりすぎ。そんなやることねぇだろ。ていうか来たなら声かけろよ」


「…すみません」


朔弥はため息をつく。それだけで、胸がズキっとする。ダメなやつだって思われたくない。


朔弥はこちらに歩いて来たかと思ったら、私の腕を掴んで引っ張った。


「いつもみたいに反抗してこいよ。調子狂うだろ。」


行くぞ、と言って私の手を繋いだまま歩き始めた。


ドキドキが、鳴り止まない。触れられたところと顔が熱くて死にそう。


…分かってやってるの?それとも無自覚?


私がこんなにあなたの言動一つで振り回されてるの、気づいてるの?


私は喜びでにやけそうな顔を必死に抑える。


ふと、横を通った橘さんの顔が視界に入って、私の思考は一気に遮断された。


橘さんが、こんなにも傷ついている顔。


…見たことない。見たく、なかった。


私は気づく。当たり前のことを、ここに来てやっと。


朔弥の特別になりたい人は、私だけじゃないんだ。