そういう秀宗である。 関ヶ原のあと秀宗は江戸で人質となるのだが、他の大名家の子弟が絹を着るなか、秀宗だけは木綿の地味な小袖と袴であった。 それを見た秀忠から、 「寒くはないか」 と聞かれると、 「人質とは寒くつつましきものにございます」 と返した。 華美な人質は目障りだというのであろう。 この答に感心した秀忠からは、 「風邪を引かぬようにいたせ」 と、当時は贅沢とされた、かいまきと呼ばれる綿入れの夜具を拝領されている。