私の喫茶店

恋に落ちるというのは、理屈的なものではない。
これがどういう意味か理解できなかった。
好きとか嫌いとかもよくわからなかったし、とられたくないなどといった独占欲も、私は持ち合わせていないようだったから。
これまで生きてきて、今だ恋をしたことがなく、きっとこれからもしないのだろうと、勝手に決めつけていた。
そう、1か月前までは。

「いらっしゃい秋葉ちゃん」

「こんにちは、店長」

「今日も君の席は空けてあるよ」

店長が案内したのは、カウンター席で唯一珈琲をいれるところが見える、レジから一番離れた席。
そこからは、店長の仕事を、ずーっと見続けることができる。いつもその席に私が座るのを店長も気がついたようで、数日前から私の席だといって、その席を確保してくれている。

「ありがとうございます」

本を持ちながら、その席に腰かける。
コートを脱いで、椅子にかける。
学校の鞄を足元の籠に入れてから、本を開く。
本の隙間から、店長を見ているだなんて、本人は知りもしないのだろうけど。

「秋葉ちゃんは、読書が好きなの?」

珈琲を淹れながら聞いてくる辺りが、慣れていてかっこいい。

「はい。旅している気分になれるので」

「それはいいね」

珈琲を淹れ終えると、ケーキケースのなかから、モンブランを取り出した。
そのカップとお皿を私の前へと運ぶ。
驚いたかおで見上げると、店長は嬉しそうに微笑んだ。

「いつも来てくれているお礼。今は二人きりだから、遠慮しなくていいよ」

そういわれてから気がつく。
いつもはおばさまや、ママともたちで賑やかなテーブル席にも、私のように、揺ったりとしたときを味わっているカウンター席にも、誰一人として人はいなかった。

「お言葉に甘えて」

口にした珈琲は、いつもと違って、ほろ苦さより、甘さの方が強い気がした。モンブランは、もちろんとても甘かった。

「美味しい」

店長のケーキと珈琲を口にすると、いつもその言葉が出てきてしまう。
その言葉を聞くと、店長が満足げに笑うのも、私は知っている。
今なら聞けるかな?
そう思い、モンブランが半分ぐらいなくなったとき、口を開いた。

「店長は、おいくつなんですか?」

「いくつにみえる?」

「……30とか?」

落ち着いた仕草とか、周りへの気配りとか、20代にしてはできすぎている。
ふわふわしているようにみえて、しっかりしているから、そのくらいかな?といつも思っていた。

「あー、そうみえるのか。僕はまだ24だよ」

思っていたより若い!
24歳だから、私とは……8歳差。
10歳離れていたら諦めていたけれど、8歳ならまだ行ける。
恋に落ちるのに、年なんて関係ない。
それは、恋に落ちなければわからないことなんだと、この喫茶店に来たときに知った。
初めてあったときから、店長のことが好きなのだ。
理屈じゃない。
あぁ、この人だって思ってしまったのだから。

「ふけてるよね、やっぱり」

店長が頭をかきながら笑う。
やっぱり、ということは、他の人にもそういわれたことがあるのだろう。
私は首を降った。

「そんなことないです。ただ、大人びて見えたので……」