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「ねえ、翠ちゃん。ヤバい」


カレンダーは7月になって今年は記録的な猛暑になりそうだとニュースでやっていた。

寒いのは苦手だけど暑いのはもっと苦手。夏なんてリモコンの早送りのようにさっさと過ぎ去ればいいのに。


「ちょっとなに。朝からうるさい」

緑斗は扇風機のように部屋をぐるぐると回っていて、その気配だけで目がまわりそう。


「なんか近所の商店街にすごく魅力的なチラシが貼ってあったんだけど」

「は?チラシ?」

緑斗はご飯を食べないけど嗅覚はちゃんと残っていて、たまに食べ物の匂いに釣られてフラフラと商店街のほうに行くことがある。

匂いだけで満足、なんて言ってるけど本当は食べたそうに見つめているのを私は知ってる。


「そうそう!なんか隣街に大きな水族館ができたんだって!」

「あー」

「しかも来場者特典で今だけゴマフアザラシのシールが貰えるらしいよ!」

「へえ」

緑斗のテンションとは真逆にやる気のない返事。それを聞いた緑斗はムッとした顔をして「ちゃんと聞いてる!?」と私に顔を近づけた。


ふわりと感じた緑斗の香り。

透明なのに匂いがするなんて不思議。不覚にも心地いいと感じてしまった香りに胸が一瞬だけ高鳴ってしまった。