話しかけてみても、彼は前を見つめたまま。返事もなければ、その目に私が映ることもない。


 どうすればいいの。このままじゃこの人は風邪を引いてしまう。

 それに、辺りはもう真っ暗。歩道に立っているとはいえ、こうもぼうっとしていたら間違って車に轢かれてしまうかもしれない。


 途方に暮れた私は、力なく垂れ下がっていた彼の手を取った。雨に打たれ続けて冷え切ってしまった手に傘の柄を持たせ、しっかりと握らせる。

「これ、よかったら使ってください」

 そこまでして、ようやく彼は私の存在に気がついた。虚ろな瞳にゆっくりと正気が戻る。

 見ず知らずの私に手を握られていることに気づいて動揺したのか、彼は視線を彷徨わせると、一歩体を引いた。

「いや、でも」

 小さな声で、遠慮の言葉を口にする。