第七話 交差する想い

「…初めまして。エリックと申します」

黒い紳士帽子をとって胸の前に置き、詩音とライアンに一礼したこの男

彼こそが、マシューがよこした探偵の男だった

見たところ、詩音とそう年代は変わらないエリック

銀髪に帽子と同じ黒いコートを羽織り、かけていたサングラスを外す

「…マシューから話は聞いていましたが…やぁ、美しい人だ」

詩音の前に座り、うっとりと見つめる

「…早速だが、本題に入らせてもらおう」

口を開いたのはライアンだった

「おぉ、そうだった。

…君は、人探しをしているんだったね
特徴とか写真があれば嬉しいな」

詩音の手を取り、手の甲にキスをする

「…ええと、写真ならここに」

戸惑いながらも詩音が鞄から一枚の写真を取り出す

それは四年前、詩音が瑠璃に会った最後の写真だった

「これは…着物というやつかい?
よく似合っているね、詩音」

成人式の写真だったので、詩音は着物、瑠璃はスーツでビシッと決まっていた

「隣に写ってる、この男の子を探してほしいの」

「ふうん…名前は?」

「瑠璃…南瑠璃よ」

「ミナミルリ…うん、覚えた」

詩音に写真を返すと机に肘をついて手を組み、真面目な顔になる

「…早くて一週間後、マシューに連絡しよう」

「本当?!」

「ただし!」

喜ぶ詩音にビシッと人差し指を向ける

「…詩音はこれで、僕に何をくれるのかな?」

「ええと…報酬ってこと?」

「そう」

「えっと…お金、とか?いくら?」

「…」

詩音がしどろもどろに提案するが、エリックは首を縦に振らない

「…詩音。彼が見つかった時、君を一日僕に貸して欲しい」

「…私を?」

とんでもない提案をするエリックに気付かない詩音

「エリック!そんな大胆な真似、許さないぞ!」

エリックを睨みつけるライアン

「…なに、君は詩音のフィアンセか何か?」

「そうではないが…」

「なら、口を出さないでもらえるかな

これは僕と詩音との“正当な”取り引きだ。部外者は口を出すんじゃない」

冷たく射抜くエリックに、ライアンは何も言えなかった

「…それで、詩音はどうする?」

「瑠璃が見つかるなら…いいわ、あなたに賭けようじゃない」

詩音も負けじとエリックに乗る

「…決まりだな。

一週間後、必ずマシューに連絡しよう」

それだけ残し、エリックは店を出た

「…っ、詩音!君はなんて約束を…!」

ライアンが詩音の肩に掴みかかり、焦りを露わにする

「…っ、でも!このまま何ヶ月も何処にいるか分からない瑠璃を私一人で探し続けろっていうの?!

…そろそろ、私も日本に戻らなくちゃいけないの」

詩音に残されているのはあと一ヶ月

病院の方もそれ以上は伸ばせないと、ぎりぎりの所まで伸ばしてもらったのだ

これ以上、病院やみんなに迷惑はかけられない

「…私ね、日本で医者をしているの

毎日たくさんの人を診て、たくさんの人を診察してきたわ」

窓の外を眺めながら、詩音が言う

「…早く、瑠璃を見つけなきゃ」

「詩音…」

切なく呟いたライアンに、後ろから優しく抱きしめられる

「…ライアン、ありがとう

私一人じゃやっぱり不安で。あなたが居てくれて心強かった」

「…僕は、何もしてないじゃないか」

詩音の肩に顔を埋めるライアン

「…あなたは私の恩人よ、ライアン」

振り返って彼の手をとる

「あと少しの間だけど、よろしくね」

にこっと笑いかけた詩音が眩しかった


その夜、

詩音はライアンの自宅に招かれた

「いやぁ、すまない。君が来ると分かっていたらもっと色々出来たんだが…」

「全然!私は何でも嬉しいわ」

紺色のエプロンを付けたライアンが次々と料理を並べる

「ライアンって料理も上手なのね!

…将来、素敵な旦那さんになりそう」

美味しそうな料理たちを眺めて幸せそうに呟く詩音

「…詩音は、料理とかしないのかい?」

「私?…私はからっきしだめね。
よく実家のお母さんが作り置きしてくれたご飯を持って帰っていたもの」

ふふっと笑い、出されたワインをあおる

「…今日は詩音の探しものが進展した記念だ。たくさん食べてほしい」

その日は遅くまで、ライアンと語り明かした


「…ライアン、私今日も早いからそろそろ寝るね」

シャワーを借りた詩音がバスルームから出てくる

時刻は既に夜中の一時をまわっている

「ごめんね、服まで借りちゃって…
やっぱり、ライアン大きいね」

ライアンのTシャツを借りた詩音

サイズは明らかに大きく、ミニワンピースのようになっていた

「…よく似合っているよ、詩音」

とても優しい笑顔で、ソファに座っていたライアンは立ち上がる

「本当?…何だかすごくいい匂いがする」

首元に鼻をあてると、微かに柔軟剤の匂いが香る

「…何かしら?花…ローズ…でも違うような……?」

首を傾げつつもう一度鼻を近づけようとした時

「…ライアン?」

背後から、詩音を包むようにライアンの手が伸びる

「…詩音にとって、瑠璃はどんな人なんだい?」

「…瑠璃?」

思いがけない質問に、ふと考える

「そうね…ドジでヘタレで頼りなくて…頭はいいけど運動が全く出来なくて…」

「…だめだめじゃないか」

苦笑いを浮かべるライアン

しかし、詩音はとても楽しそうだった

「だめだめなのが、瑠璃なの!
頼りがいのある瑠璃なんて、瑠璃じゃないわ」

くすくすと笑いながら昔の事を思い出す

「…早く会いたいわ」

愛しい人を呼ぶように、そう呟くと

「…それじゃあ僕は、君にとってどんな人なんだい?」

そのままのノリで聞いたのだと思った

「んー…そうねぇ、頼りがいがあって、かっこよくて…瑠璃とは正反対って感じかしら!」

笑顔で振り返る詩音は驚く

「…正反対、か」

少し寂しそうな顔をしたライアンが居たからだった

「も、もちろんライアンの事も好きよ!
私の恩人だもの、嫌いになんてならないしなれないわ」

ライアンの頬にそっと手を添える

「…今日の夜、またお店に行くわ
ゆっくり話をしましょう」

「それじゃだめなんだ!」

珍しく声を大きくするライアン

「…ライアン?」

おずおずと彼の顔を覗き込む

ハッとしたライアンは慌てて詩音に背を向ける

「…見ないでくれ、こんな顔…」

しかし見ないでくれと言われたら見たくなる好奇心旺盛な詩音

くるっとライアンの正面に立つと、再びその顔を覗き込む

「…っ、!!」

自分でもどうしたらいいのか分からない

そんな表情だった

「えと…もしかして、何か困ってる?」

鈍感な詩音は全く分からない

「あぁ、困っているさ。…本当に」

はぁ…と額に手を当て大きなため息をつくライアン

「…もう今日は遅い、寝よう」

一人暮らしのはずのライアンの寝室に向かうと、キングサイズの大きなベッドがあった

「…それじゃ、おやすみ」

詩音に背を向けて、ライアンは眠りにつく

「…変な人」

詩音もベッドに入り、気持ちいいふかふかのベッドで眠りについた


「…」

三時間ほど過ぎた頃

ライアンは目を覚まし、身体を起こす

「…詩音、寝ているかい?」

隣で寝息を立てて寝ている詩音

思わずその額を撫でては愛おしさが増す

「…君にはきっと、僕が映ってはいないんだろうね」

詩音

君の目に映っているのは…瑠璃かい?

彼が見つかったら…もうここにはいないのだろう?

「…そうだよね、君は彼を探しに遠くからはるばるやって来たのだから」

目的を果たせば元の場所へと帰る

そんな当たり前の事も、ライアンには耐えられなかった

「…出会うべきでは、無かったのかもしれないね」

再びベッドに横になり、詩音を抱きしめる

「…叶うことなら、ずっとこの腕の中にしまい込んでしまえたら……」

瑠璃、君はずるい

幼馴染みという関係が、とても羨ましくて

僕の知らない詩音をたくさん知っている君が、羨ましい

こんなにも素敵な女性に、これほど愛されているのに…

こんなにも君を愛してくれる人を、いつまでも待たせるんじゃない

…だけど、

もう少し、もう少しだけ…

彼女を、詩音を僕に貸して欲しい

結果がどうであれ、今この腕の中にいる愛おしい存在が…僕の腕から、離れないように


彼の心の中でそう呟き、包み込むように彼女を抱きしめたライアン

彼女の額に、優しくキスをして…