「清奈、俺の和歌を忘れないように」

「えっと……すみません、もう忘れちゃいました」


申し訳ない思いでそう答えると、雅臣先輩は「ひどいよ、清奈」とわざとらしく泣きそうな顔をする。


なんというか、和歌って英語ばりに聞きなれない言葉ばかりで覚えにくいのだ。

しかも長い、暗記しろと言うのは酷だと思う。


「紙に書いてくださいよ」

「それじゃあ想いが薄れるだろう? 俺は心に刻んでいてほしいんだよ」

「……はぁ」


なんとも、気のない返事になってしまった。

意味が分からない、雅臣先輩はやっぱり不思議な人だ。

普段は古典のことしか考えていないのに突然、確信をつくような鋭いひと言を放ったり、今みたいに謎を秘めた言い方をする。


「もう一度言うから、ちゃんと覚えておいて?」

「はーい」


今度はちゃんと雅臣先輩の目を見つめて、全神経を研ぎ澄ますように耳を傾けた。

雅臣先輩はそんな私に、ふっと笑みをこぼすと唇を動かす。


「かくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを」


あなたがこれほど好きだというのに、言えないでいます。

言えないからあなたは、そうとも知らないでしょうね。

ちょうど伊吹山のさしも草のように燃えているこの想いを。


この和歌が恋を詠ったものだと知ったのは、雅臣先輩が卒業したずっと後のことだった。