「自分の夢なのに、恥ずかしいって思ってた。そんな私の夢をみんながすごい事だって応援してくれて、嬉しかった」

「紫……そうだ、お前の夢は誇れるものだ」


まるで私の中に紫ちゃんを見ているような、そんな懐かしそうな顔で彼は声をかける。


「もう自分の夢を恥じない、自信をもって夢に走っていきたい。私を強くしてくれたのは、みんなのおかげだよ」


そのみんなの中に、景臣先輩はいる。

ほら、君の存在がこんなにも誰かの心の支えになっている。

私はみんなの想いを他の誰でもなく、景臣先輩に伝えた。

彼はそのひとつひとつを噛み締めるように何度も頷く。


「景臣先輩は、誰の代わりにもなれません」

「清奈……」

「名前を偽っていても、そんなの関係ない。私達の仲間は、今目の前にいる景臣先輩しかいないんですから」


そして、私が好きになった人も君しかいない。


「景臣先輩の居場所はここにある。あなたがどんな悪人だったとしても、私もみんなもありのままの先輩を受け入れます」


これは景臣先輩が、私やみんなに言った言葉だった。

今は君が必要としている気がして、私はあの日、部室の扉を叩いた時とは逆だなぁとしみじみ思いながらこの言葉を贈る。

景臣先輩は静かに、その瞳から雫を零した。

それが嬉しいのか悲しいのか、どんな感情から生まれたものかはわからない。

けれど、傷ついたその心を私達にも守らせてほしいから、言葉を重ねる。


「全部、景臣先輩が私たちに言ってくれた言葉です。あなたがくれた優しさを私達からも先輩に返したい」


ずっと言いたかった言葉、私達の気持ちを伝え終えた私はひとつ深呼吸をする。

そして、ここからは私個人の想いを君に知ってもらうために、静かに心をさらけ出す。


「……あの和歌、見ました」

「そうか……」


不安と恥ずかしさが混ざったような複雑な表情で、景臣先輩は私の話を待っている。

けれどもう、彼を知る事を恐ろしいとは思わない。

勝手に想像して、君を失うかもしれないからって歩み寄らないのは間違いだって気づいたから。

だから、その心に踏み込むようにして私は言う。


「あんなものを残して、私の気持ちも聞かないままいなくなるなんて、酷いじゃないですか」

「……答えは聞かなくてもわかってるから。お前はずっと、雅臣の事を想っていたんだろう?」


悲しげに笑って見当違いな事を言う景臣先輩に、私は小さくため息をつく。

本当にこの人は──。


「この、わからずや」


思わず零した本音を景臣先輩は目を点にしながら、「え……わ、わからずや?」とマヌケな返事をする。

1度でも言ってしまうとタガが外れたみたいに、私は「わからずやの大馬鹿者です!」と付け加えた。

そして、彼の話す間を与えないようにまくし立てる。

「私は確かに、雅臣先輩の事が好きでした」


初恋だった。

私の心を救い、世界を広げてくれたかけがえのない恋だった。


「けど、私も雅臣先輩も流れた時間の分だけ、前へ向かって歩いています。お互いに大切な人もできた」

「どういう……意味だ?」

「雅臣先輩にも約束しました。私は絶対に幸せになるって。そのために、景臣先輩に会いに来ました」

「幸せになるために、俺に……?」


まだ気づいてない様子の彼は、人の気持ちには敏感なのに、自分の事には超がつくほどの鈍感だ。

なので、この方法で君に伝わるかはわからないけれど、あの日をやり直したいから──。


「……瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あわむとぞ思ふ」


たとえ今は、恋しい人と別れても。

将来は必ず、結ばれると信じてる。

私は前に、朝霧先輩が小町先輩に贈った和歌を口ずさむ。