「泣くな、清奈」


地面に落ちていた私の視線の先には、ブラウンのローファーがつま先を私に向けて並んでいる。

しかも、私の頭上から降る声には聞き覚えがあった。

信じられない思いで、恐る恐る顔を上げてみる。


「清奈の声、ちゃんと聞こえてた」


そこには、大好きな濡れ羽色の髪と瞳を持つ君がいた。

どこか困ったような顔で、私に笑いかけている。


「あぁっ……」


その姿を見た瞬間にぶわっと涙が溢れて、ポロポロと頬を伝い落ちていった。


「探したんですよ、ずっと……っ」


どんな思いで私がここに立っているのか、この人はわかっているだろうか。

私が何を背負って君に会いに来たのか、きっと知らないだろう。

私は申し訳なさそうに「ごめん」と謝る景臣先輩に1歩近づき、距離を詰める。

もう勝手にいなくならないように、手を伸ばせる場所にいたかったから。


「どうして何も言わずに、行こうとしたんですか」

「……壊したくなかったんだ、清奈の居場所を」


やっぱり、景臣先輩は私のために何も言わず、消えようとしたんだ。

私をこんなに好きにさせといて、勝手にいなくなるなんて──本当にひどい人。


「あそこは……私の居場所じゃないです」

「え?」


首を傾げた景臣先輩に私は少しだけ頬を膨らませながら、大きな声でハッキリと告げる。


「私の居場所は、みんながいる場所です!」

「清奈……」


そう、あの部室に集まるみんなが私の居場所。大切なのは人であって、部室だじゃない。

だから君が欠けたら私はどこに帰ればいいのか、わからなくなる。


「景臣先輩が私の居場所なんです!」

「……それは、俺じゃなくて雅臣の事だろう? 清奈の事をずっと支えていたのは、俺じゃなくて雅臣だ」


景臣先輩は寂しげに、私から視線をそらした。

この、わからずや。

私も古典研究部のみんなも、もうずっと前から景臣先輩を見ていたのに。

名前なんて関係ない、大事なのは君という存在だ。

たとえその名を偽ろうと、君が私達を救ってくれた事に変わりはないというのに。