「家族にも見放されて、自分にはなんの価値もないってやさぐれてた俺にとって、景臣先輩が作った古典研究部は唯一の居場所だったんだ!」


それは、私も同じだった。

居場所があるって、こんなにも心を温かくする。

なにをしても帰る場所があると思うと、強くなれる気がした。


「景臣先輩に絶対になりたい自分になるから、その姿を見せに行くから、安心して行って来いって伝えろ!」


なりたい自分になる事。景臣先輩が一番心配してる事だもんね。

今ここで誰も彼に会う事が出来なかったら、小町先生の気持ちも業吉先輩の気持ちも、届かない事になる。

そんなのは絶対に駄目だから、私は納得したように頷いた。


「行こう、紫ちゃん」

「うんっ」


業吉先輩は両手を広げて駅員を背中で押しやり、道を開けてくれる。

私は紫ちゃんと一緒に業吉先輩の横をすり抜けて、改札を通ろうとした。その時だった。


「こら、待ちなさい!」


もうひとりの駅員が出てきて、私の目の前に立ちはだかる。

慌てて足を止めようとした時、私の前に紫ちゃんが飛び出した。


「い、行って清奈ちゃん!」


紫ちゃんは私を振り返ると、震える声で叫ぶ。

その顔は私を安心させるためか笑顔だったけれど、その足がカタカタと震えているのに気づいた。


「……紫ちゃんっ」


彼女も怖いんだ。

それなのに、紫ちゃんは私を景臣先輩のところへ行かせるために戦おうとしてくれている。


「私は自分の夢を誰にも話せなかった。なれないに決まってるってバカにされると思って、自分の夢なのに恥ずかしいって思ってた!」


紫ちゃんの言葉に蘇るのは、クラスでひっそりと小説を書いていた彼女の姿。

いつも無言でスマートフォンに向き合う彼女は、傍から見たら静かな子だけれど、その胸に宿る熱意は荒々しい。

彼女の書く小説は見た目の可憐さとは想像も出来ないほど情熱的で、存在感があった。

あの時、私には無い輝きを持っているのに、それを恥ずかしいと思っている紫ちゃんがもどかしくてしかたなかった。


「そんな私の夢をみんながすごい事だって応援してくれて、嬉しかったんだ!」


出会ったばかりの紫ちゃんは俯いてばかりだった。

けれど今、目の前にいる紫ちゃんは違う。