「……もう嫌だよ……疲れた……」


月を見ていたら、悲しくなって目尻から涙が零れる。

なぜか月を見ると景臣先輩を思い出して、切ない。

雅臣先輩が好きなはずなのに、今は景臣先輩の事ばかり考えている。


──意味が分からない。

私は今、どちらを想って泣いているんだろう。

ふいに、こんな和歌が百人一首にあったのを思い出す。


「嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな」


月が私を悲しませようとでも、しているのかな。

いや、そんなはずはないのだけれど、そう思いたくなるほど月のせいにして泣きたくなるのだ。


「あぁ、あの和歌って……」


こういう時に、詠まれたのかもしれない。

あの寂しげな月のせいで泣いてるのだと、私は言い訳をしたいのだ。


「君のためじゃない……」


認めたくない、私が景臣先輩を想っているだなんて。

だって、私が本当に恋した人は雅臣先輩のはずだ。

なのに、景臣先輩がたとえ罪滅ぼしでも、私のためにずっとずっとあの部室で待ち続けていてくれたのだと思うと、たまらなく──愛しい。

そんな感情が、胸の中でぶわっと溢れる。

初めから自分というモノが明確でなかった私が他人の人生を歩む苦しさより、したい事、自分の意思がちゃんとあった彼が景臣である事を捨てなければならない事の方が何倍も辛かったはず。

もちろん、居場所をくれた雅臣先輩の事は大切だ。

だけど、自分の苦しみよりも、私の心を守る事を選んでくれたあの人が頭から離れない。

高校に入学してから、私はしたい事、なりたいモノに少しずつ近づけているような気がして、友達や仲間という存在に心が安らぐ感覚を知った。


「これから、どうすればいいの……」


君が満たしてくれた、心の温もりが消えていく。

自分の心も、何を信じればいいのかも、今の私には何ひとつわからなかった。