すると、騒ぎに気付いたカケルの家の隣人が

警察を呼んでくれたようで、

サイレンの音が聞こえた。

その音はいつになく頭に木霊していた。

男はサイレンの音と同時に

刺す手を止めて、何かを叫びながら逃げていった。

私は男が立ち去ると、目を少し開き

「カケル、ケガは?」と聞いた。

「あ、何も…」

私はカケルの安否を確認して、

気を緩めると、身体の力が抜けていった。

必死に笑顔をつくろうとするが、

身体の筋肉のどこにも力が入らなくて

悲しい顔をすることさえできなかった。


笑顔をつくるためにはこんなに沢山の筋力を必要としたのか

と冷静に脳が機能している一方で、

好きな人の前でこんな醜態を晒したくないと

感情的になった情動が蠢く。

私は目を逸らそうとするが、カケルと目が合ってしまった。



おぼろげに浮かぶカケルの三日月の形をした目は

今までで1番大きく見えた気がした。