ーー八王子sideーー

俺は猫の幼なじみだ。小さい頃から彼女のことは知っている。なんでも知っている。彼女の嫌いなものはピーマンに辛いもの。あと、好きなものは甘いもの。ただしプリンとかはだめ。特に好きなケーキは桃とイチゴのタルト。別々の方がいい気がするが彼女はお得なかんじが好きらしい。

(まあ、幼い頃の俺はそれを知らなかったけど。)

幼稚園の頃、違うクラスだったからかそのことを知らなかった。今では同居しているから知ることができた。しかし、悩みがある。

「白ひどいっ!またピーマン入れたーっ!!」
「…死ぬほど刻んで入れたのにどうしてわかるのかな?」
「ピーマン臭がするから。」
彼女はとても苦い顔をしている。僕は彼女の味覚、いや臭覚に少し関心した。それでも彼女はそのハンバーグを残したりしない。眉間に皺が寄っている。どうやらかなり頑張っているらしい。

(嫌々いいながらピーマンを食べてるところがとてつもなく可愛い。)

俺はその姿を微笑ましく思った。俺の悩みは彼女のピーマン嫌いでもあるがそれよりももっと大きな悩みがある。
「頑張って食べてね。あとでデザートがあるから。」
「デザート?」
「苺と桃のタルト。」
「えっ、ありがとう!白大好きっ!…ピーマン入れなかったらだけど!」

俺はその言葉を聞いてとても動揺した。

(落ち着けっ!あれは彼女のスキンシップの言葉で、恋愛的な意味合いはない!)

…そして俺の悩みは彼女に振り回されることだったりする。

(昔から振り回されるけど年をとると言葉に敏感になったりしてきたな…。)

彼女は昔から変わらない。明るくて笑顔が可愛くて俺を頼りにしてくれる。そして、俺を必要としてくれる。

(…さて、いつになったら俺のことを意識してくれるのかな。)

同居、よく二人きりという言葉はかなり危険な香りがする。しかし彼女はそれを意識していないようだ。

(ま、でもいいや。彼女はまだ俺のものだ。…誰にも渡さない。)

「あたっ!」
俺は彼女のおでこを指で叩いた。
「俺が作ったんだからそんな顔しないの。」
「うっ…。」
彼女のしょぼんとした顔は愛らしかった。

(彼女と恋人になりたい。…けど今の関係を壊したくない。…待とう、彼女が僕を男としてみるまで。)

僕は箸をもってご飯を食べ始めようとする。彼女は芋の煮物を美味しそうに頬張る。俺はハンバーグを一口サイズに切り取り彼女の口に入れる。
「…な、なにっ!?」
彼女の目が大きくなった。
「んー。なんででしょう。」
俺は笑いながら彼女の反応をスルーして食べ始めた。

(早く気づけよ。ばーか。)






「猫…?ごめん遅く…。」
電気がついている教室に入ると机で寝ている彼女がいた。
「風邪引くぞ…。」
待たせていた自分も悪いんだけど。寝顔は時々みたがとても幸せそうに眠る。
「…ん、し、ろ…。」
俺は一瞬どきっとした。夢の中に俺がいるとはおもっていなかったからだ。

「約束だよ。ずっとそばにいてね…。」

(ずっと…。いるから。)

俺は頭を撫でる。彼女の側を離れるつもりはない。これからも、ずっとだ。

(できれば、猫と…。)

猫はくしゃみをした。俺はさすがに起こした方がいいと思った。
「ーー猫…?起きて…」
「…ん?」
俺は彼女の顔を覗いた。外は真っ暗だ。先に帰らした方が良かったかもしれない。
「…白?あれ、眠っていた?」
彼女は机から飛び起きた。そして俺の髪をじっと見つめる。

ーあ、そういや濡れっぱなしだった。

彼女のことが少し心配で挨拶もそこそこにシャワーも軽く浴びて、彼女の元へきたのだ。

「白。髪が濡れてる。」
「ん?ああ、そうだね。」
「かわかさなきゃ駄目だよ。」
彼女の目はまだしっかりと目覚めてないのか、少しとろんとしている。完璧に警戒していない。朝からの機嫌がなおったのだろうか。

(まあ、猫が嫌いな変態発言だったし。)

あの時は勢いで言っちゃったが今思うととても謝りたい。
「じゃあ、猫拭いて。」
「…わかった。」
「え。」
まさかの返答に驚く。
「何?」
「…嫌、何でも。」
彼女は俺に椅子に座るように促した。俺の髪からは水滴が落ちている。俺はとりあえずタオルを渡すと髪を拭いてくれる。

(気持ちいい…。)

彼女は昔から俺の頭を結んだり触ったりするのが好きらしく手慣れている。その手に触られるのが久しぶりだったためかとても心地がいい。

「白。お疲れ。かっこよかったよ!」
「…えっ、そう…?」
まさかの発言に驚いた。彼女は朝から俺に対して攻撃的な面が強かったのだ。(理由は変態発言だが。)一体何があったのか。そもそもこれはどう接するべきなのか。皆目検討もつかない。
「うんっ!あ、でも少し相手にも同情したけどね。」
したのかよ。
「白ってば昔は私より強くなんてなかったのに…。」
確かに中学生の時一緒にテニスをした。俺は慣れていなかったというのも少しあるが、彼女が勝った時の笑顔がたまらなく可愛かったので気が散って勝てなかったのだ。
「…んー。そうだったね。」
「白は…」

…ん?

すると彼女の言葉は続かない。その先がとても気になるのだが…。俺はこういう時は無理やりは良くないと学んだので優しく聞くことにした。
「ん?どうかした?」
「わっ、なんでも…っと!」
彼女は手からタオルを落としてしまったようだ。拾おうとしたのだろう。猫の手は俺の背中に触っていた。前から思っていたのだが彼女の体は俺がどんなに体に良いものを食べさせても大きくならない。俺はこのままでも好きだが、さすがに将来が心配だ。

(好きだから別に俺には問題ないけど、猫が変態に捕まる前にどうにかした方がいいな。…食事にノルマでもつくるか。)

俺は彼女を見る。

(多分彼女がぽっちゃりでも幽霊でも猫でも蛇だったとしても大好きな自信がある。ある種の変態は俺なのかもしれない。)

彼女はタオルを持ったまま何やら固まっている。どこか驚いているようなかんじだ。

(…全然動かない。もしかして意地悪なことを言うとでもおもっているのだろうか。)

タオルを落としたぐらいで別にいう気はなかった。が、全くもってその通りだ。今の放心状態の彼女に言うのは一興だ。言おう。
「猫ってば本当に鈍臭いね。」
すると彼女はやっと動く。顔が少し赤い。何を考えていたのかがますますわからない。俺の前の髪から水が落ちてくる。
「…っと、う、うるさいなっ!」
俺のタオルを頭に被せて力一杯拭かれる。
「…えっ、うわっちょっ!?」
俺の頭は左右に揺れている。俺は視界が見えず左右に揺れていた。彼女はその様子を笑っている。
「あはは!」
とても楽しそうにしていた。とても久しぶりな気がした。彼女のそのような笑顔は。高校に入ってからさらに俺は王子演技を徹底してたし、彼女に完璧な王子であるために少し距離をおいていた。俺はにやけそうになってしまうがさすがにこれは止めないといけないので心を鬼にして彼女を叱ることにした。