ーー桃瀬sideーー
ーとっても足が軽い。気分もとてもいい。
私は軽い足取りでカラオケ店の一室に入る。そこには普段から私と行動をしているメンバーの二人がいた。ぽっちゃりしていてショートの髪、そしてポテチをバリバリ食べている女が麻里。カラオケの画面の音楽を熱唱している横にポニーテールをしている女が楓だ。
「あ、遅かったね。何かあった?」
麻里は私を見ながら食べている。
ー食うかはなすかどっちかにしろよ。デブが。っていうか、トイレ行くって言ったんだし、そんな質問すんなよ。
私はにこりと笑う。
「違うよ麻里。店内にあったぬいぐるみを見てたの。ほら、クレーンゲームのやつ!とっても可愛かったんだ!」
私は写真で見せる。麻里はそのぬいぐるみを見て頰を緩ませる。
「麻里ってば本当クマ好きね。麻里もクマに似てて可愛いし。」
ー食いしん坊なとことか。
「えっ!そう!?」
「うん。麻里は癒し系女の子だから。」
麻里は少し照れてる。まあ、ある意味癒し系だから、嘘ではないけど。
「よっしゃ!終わったー。あ、おかえり。」
「ただいま。さて、と。次は私かな。」
私は少し汗をかいている楓からマイクを受け取る。そして予約していた曲がタイミングよく流れ始めた。これは恋の歌。私は自身の美しい歌声を駆使して歌う。ビブラートもこぶしも完璧だ。声ものびる。
「はあ。…いつ聞いてもすごいな…。まるでアイドルみたいだ…。」
「ねー。天使みたい!顔も可愛くて歌も上手いって…。本当に神様って不公平だよね〜。」
ー当然よ。私は選ばれた人間なんだから。
私は幼い頃芸能界で生きていた。可憐な容姿は大人を魅了した。芸能界で生きるためのお稽古も私の美しさを十分にひきたてた。今の私は私を理解しない芸能界にあきあきして引退したがその名残は健在だ。肌のお手入れも声の発声も忘れない。美しい私は誰からも愛されてなければならない。私は選ばれた人間だから。高校に入って私は自身に相応しい男を見つけた。繊細な顔に頭脳明晰、身体が病弱らしいがそれも魅力の一つとして捉えれる男性。私はこの人が運命の人だと悟った。この私の美しさはこの男を惹きつけるためのものだと。この男を手に入れれば私は最高の幸福な女になれるのだと。…けれど、あの女の存在が私の世界を壊した。
ーけれど、今はいない。
あの女は私が陥れた。手始めにあのおんなが保健室で不純異性交遊をしているような写真をアップした。結果は上々。あの女が白石に気に入られてることに不愉快な気持ちをもっている女は結構いたらしい。白石の顔が写れば最高だったが、他の人と遊んでいると思わせている写真の方が良かったみたいだ。そして次にやった鉄パイプは私が倒した。彼女が一人であの場所に行くように様々な苦労をしたけど、大成功に近いのだからその苦労も報われる。けれど一つ不愉快なことがある。まさか、私の財布がぼろぼろになっていることは想定外だった。しかし、あの女が私の視界にいないことでその気がかりもかろうじて受け流せる。
ーふふっ、あともうひと押し。どうしようかしら。
私は思考する。やはりあの女が泣いている顔がみたい。最後にみた彼女は絶望したかのようだったが、泣いてはいなかった。意外にも虫のようにしぶとい女のようだ。
ーやっぱりあの女の大切な人ー白石君を奪っちゃうのがいいかしら。
けれど私は昔は興味があっても今はない。私が彼女に彼にかかわらないように嫌がらせをしたことがきっかけだ。彼女の髪を切った時はせいせいした。彼女を傷つけることがこの上ない私の渇きを癒した。髪の束が地面に落ち、彼女の制服が泥だらけになっている様を眺めるのは滑稽だった。しかし、白石君が私を呼び出し厳しく叱責してきた。私は彼を恨んだ。けれど同時に憐れに見えた。
ーああ。白石君は正義感が強いんだ。幼なじみを守ることが使命に思えてるんだ。可哀想。
私は彼の正義感により白石君達には関わらないことを約束した。それ以来私は彼女への嫌がらせじたいは表立ってやってはいない。彼女の悪口をアップしたりはしたが。
ーあの女がいなければよかったのに。
あの女は私のように美しくもない。勉強にだってむらがある。メリハリのある体でもない。漫画が好きなきもいやつ。あの女を学校から追い出す前に一度は泣いた顔がみたい。悔しがって私の前にひれ伏す顔をみたい。
ーあの女はあの時も泣かなかった…。やはり、彼女を傷つけても泣きはしない。けれどあの時の顔はもう一押しな気がする。
彼女は見向きもしない幼なじみと親友と転校生をみた。その時の顔は私が嫌がらせをした時の顔よりも酷いものだった。
ーなら、やることはこれしかない。転校生ー司馬君の力を借りて彼女を追い込む。そして、私は司馬君と付き合う。
とても愉快な気持ちだった。私は歌い続ける。すると、画面はフェードアウトする。どうやら終わったようだ。私は席に着く。
「うわー。すごいっ!97点なんてっ!」
「さっすがー!ここの所調子いいね!何かいいことあったの?」
「まあね。あの女が視界に入らないから日々がとっても幸せよ。」
私は渡された飲み物を受け取り飲む。冷たくて美味しい。
「あー。伊澤さんかー。確かにあの子前から調子乗りすぎじゃね?いっつもヘラヘラしてて。」
麻里から渡されたスナック菓子を楓は食べ始める。私はその意見に満足する。楓も白石君のことが気になっていたがあの女の存在で声をかけることが難しかったらしい。
「あー。わかるー。最近調子乗りすぎだよねー。イケメン二人に囲まれてさー。」
「そうそう。しかも私達の財布盗むとかひどくね?最低なやつだよな。」
「全くよねー!あんな女いなくなればいいのにさ。」
麻里と楓はあの女に疑惑が向けられてるとき、真っ先に彼女の悪口を呟いていた。つまりは彼女を傷つけるのに尽力してくれた。
「本当よね。まさか司馬君の財布まで盗むなんて思いもしなかったわ。その上あんなぼろぼろにして。」
私はくすくすと笑う。すると目の前の二人が驚いた顔をしていた。
「…なんでそのことを知ってんの…?」
楓は驚いた顔のまま言葉を発した。
ーあ、しまった!
私は少し慌てた。あの後、私達がクラスに帰ってきて誰かが飲み物を買おうと財布を探した。すると財布はどこにもなかった。それはそのはず、私が彼女の鞄に大方押し込んだからだ。しかし、彼女の鞄がないことからその場で陥れることはできなかった。その後異変に気がついたクラスメートはみんなで財布を探し始めた。わたしは無駄だと知りながらも探すふりをした。見つかったのは先生がそのことを聞いて駆けつけたとき、先生は席に着くようにすすめた。そして先生は公平性(犯人がこの機に乗じて財布を隠すかもしれないからと)のために一人で探し始めた。それから先生がゴミ箱を見たとき、いくつかの財布が見つかったらしい。しかし、その現物はみせてもらえなかった。先生は私達に財布の特徴と中に入っているものを紙に書くように指示した。私は大人しくかいた。私は内心焦った。まさか私の覚えのない場所から財布がでてくるとは思わなかったのだ。そして先生は一人一人を呼び出した。返しはしなかったが財布を確認させる。ことが落ち着くまでしばらくの間盗まれた財布を預かるらしい。私が呼び出されたとき私の財布はぼろぼろになっていた。そのとき私の眉はぴくりと動いた。
ーあれ、おかしい。私の財布がぼろぼろだ。
私は目の前のブランド物の財布を凝視する。先生は確認をさせて、心当たりがあるか聞いてきた。私は何もないといった。私の記憶の中ではぼろぼろにした財布は司馬君のものだけだった。彼に嫌われるように願った結果だ。先生は一通りの質問を終えると私に念をおしてこういった。『自身のさいふについて他の人には話しては駄目。秘密にしなさい。』と。私は頷き、その場を後にした。
つまり、私達はお互いに財布がどのような状態であるかを知らないのだ。
私はため息をつく。まさか、こんなところでぼろがでるとは思いもしなかった。楓は信じられないのか疑いの目を向けてくる。
ー楓はこんななりをしているが賢い。私の嘘にも、ほんの少しのずれだけで気がつくだろう。麻里は脳内がお花畑だが勘は鋭い。つまり、私が嘘をつくことは私の状況を悪くする。
私は二人の顔を見て、笑う。
「ええ。そうね。私がしたわ。」
「なっ…!?どうして!?」
「だって、伊澤さん、とてもうざいんだもん。」
「もしかして、陥れたの!?」
「そうよ。私がしたわ。まさか、ここまでいくとは思ってなかったけど。」
「…さいてー。」
「あら、あなた達も同罪よ。あの女に対して疑いの目を向けるようにしたのはあなた達がきっかけなんだから。」
楓ははっとしたような顔をした。
「それにあの女が邪魔だったのは事実でしょ?」
「でもっ!こんなことひどいよっ!?やりすぎだよっ!」
麻里が喚き始める。まるで豚のようだ。
「…うるさいな、デブ。静かにしてよ。」
「でっ…!?失礼よっ!謝罪して!!」
「あー。じゃあ。言い方かえるね。黙れ、この写真をばら撒かれたくなかったら私の言うことを聞けよ。」
私はスマホをかざす。するとそこには男をストーカーしている麻里。スライドすると、かなり年上の男と仲良くしている楓がいた。
「二人ともいい根性してるよね。ストーカーと浮気って…?」
「!?」
「えっ!なんで!?」
私は彼女達の驚き顔に笑ってしまう。なんて醜いんだろう。
ーでも、醜くなく、美しくない女が側にいなくちゃ私の美しさは半減する。
「ねえ、私達は一蓮托生。友達…だもんね…?」
部屋の中は静かになっていた。

