土で汚れた青年が私に青い花を差し出す。綺麗な綺麗な青い花。私が欲しがっていたものだ。

ーありがとう

私はそれに手を伸ばそうとする。しかし従者がその青年の手を払いのける。私は訳がわからなかった。その青年は道にある肥溜めに落ちてしまう。

ーなんてことをするの!?

私は馬から降りようとする。けれど従者は私とその青年を引き離す。

ーやめて!

従者の二、三人がその青年を囲み刀で叩いていた。青い花は彼らによって踏み潰される。

その青年は私を見ていた。去って行く私をじっと見ていた。







私は何をするでもなく部屋にいた。机にあるのは課題。大した量ではない。二日あれば十分な量だった。

ーもっと、課題だしてくれたらよかったのに。

本を読む気にもなれず、テレビも何も手につかない。

ズキッ

「っ…!」

剣山の痛みが私を現実に引き戻す。私は太陽の光を見て昼だと理解した。

ーもう一回寝ようかな。

私は布団の中でただその日その日をやり過ごしていた。謹慎して三日目。塾に行ける雰囲気でもなく、時間を持て余していた。

ー朔、私のこと疑っているのかな…?

私の前に置かれた札束は結構あった。皆の財布から抜き取ったんだろう。財布もいくつかがゴミ箱からみつかったらしく、先生がみせてきた。

ーあの中に冬ちゃんのものもあったな。

冬ちゃんは私に入学してから仲良くしてくれる。もしも、彼女に誤解されたらーー。

すると部屋の外から足音が聞こえてくる。
「先輩!」
そこには同じ歴研部に所属している一年の梶川朋花さんがいた。彼女は私を見つけると駆け寄ってきて抱きしめてくれる。
「…え?」
私は少しひどい声だった。彼女は目をうるうるさせながら背中を撫でてくれる。
「あー。こら、梶川さん。ノックをしないと。」
ドアの外からは若い二十代の男性がいた。副担任兼歴研部顧問の榎本先生だ。彼はドアの外から顔をだしてこちらをみていたが彼女の突撃によりそのまま入ってくる。梶川さんは榎本先生を気に入っている。どうやらついてきたようだ。
「…ごめんね。信じてもらえないかもしれないけれど僕と担任の小野寺先生は君を疑ってはいない。けれど教室が落ち着いていないから君を守るためにもこの方法を選択したんだ。…なかなか君の所を訪れることができなくて…すまない。たくさん傷ついたよね。」
私は頭を下げてくる榎本先生をみて首を横にふる。心の中があたたかくなるのを感じた。梶川さんは離れずに抱きついてくる。
「そうですよ!私達歴研部は今内密に犯人を探してます!先輩の無罪は私達が証明しますから!だから先輩も諦めたり負けないでください!」

ー信じてくれるの?

私は胸があつくなった。彼女は嘘をつかない。これも嘘じゃない。朔は私を信じていた。あの態度は犯人を見つけるためにわざとしていたのかもしれない。朔は昔から人の動作を見極めることが得意だから。

「ありがとう。梶川さん…!」
「あー!まだ梶川さん呼びですかー!私のこといい加減に朋花ちゃんと呼んでくださいよー!私の可愛い名前が泣きますー!」
嘆く彼女を見ながら私と榎本先生は笑っていた。


ー大丈夫。私は大丈夫。負けない。信じてくれる人のためにも。

私は心の中でその言葉を唱えていた。




ーー司馬sideーー

「…で。手詰まり…と。」
あの日から四日目。歴研部は皆揃って下を向いていた。
「うぅ。結構いいところまでいけてるのに…!」
「そうそう。かなり絞れてるのに。」
歴研部員は各々が調べ上げた情報を交換していた。僕とは初めて会う人が多く、最初に自己紹介をしあった後、報告の流れになっていたのだ。白石は情報を精査するように机を見つめながら微動だにしない。

ーそうか。下手に動いて犯人を刺激すれば証拠の隠蔽を徹底的にするから彼らに任せていたのか。

そのおかげでかなりの数は絞れていた。今絞れてるのは相手は高校生三年の女子。一年生は全員ソーラン節の練習をしていたらしい。点呼を取ったから間違いはないそうだ。二年はその後に組体操の打ち合わせがあったために二組に分かれて練習をしていた。赤組と青組の二年女子は組体操の練習で全員が体操の練習をしていたらしい。その時に抜ける人はいなかったそうだ。白組と黄組は別の場所で練習をしていたために全員がいたかわからないらしいが二、三人はトイレにいったらしい。けれど、グラウンドと校舎はかなり長い距離(行事用のグラウンドは校舎とは違う場所に設けられているため)がある。(校舎にもグラウンドがあるが良いものではない。)そのグループでの犯行となると、その長い距離を全力疾走することになる。さすがにそうだったらその二、三人に僕も気がついているだろう。しかし、そんな人物はみかけなかった。となると、犯人はその可能性が高い。

「そもそも、携帯は提出義務があるのに…。風紀委員長の僕も舐められたものだね。」
白石はため息をついた。三人はビクリッと体を震わす。どうやら彼らは提出していなかったようだ。
「…まあ、今回は緊急事態だし。見逃すよ。」
「…うす。」
「…それより、柚木先輩が剣山は職員室って情報。生徒が簡単に盗めるとは思えないんですけど。少なくとも先生がいない状態ですよね。その上一年教室の鍵に三年教室の鍵。職員室。…いくらなんでも先生達は厳重に管理していたはずですし。…いっそのこと、犯人は教師!って!!」
高二の峯岸さやかさんはそういいながらガッツポーズをした。柚木は事情により今日は歴研部を訪れていない。彼曰く雑用をしたとき前まで剣山で生けてあった花が花瓶で生けられていたらしい。そこにいた先生に聞くとどうやらここ最近に見当たらなくなってたらしい。今時剣山なんて危ないから処分するつもりでいたそうだから誰かが捨てといてくれたと考えているらしい。
「えー。女子生徒一人に対して人生かけれる?メリットがなくない?三十代の人が若い子虐めるなんて側からみたら痛くて可哀想ー。」
高一の梶川朋花さんはそう言いながらスマホをいじっていた。どうやら、スマホにあった裏サイト。白石と彼女の写真をみているのだろう。その写真の角度からだと彼と彼女が保健室でいちゃついているように思われるものだった。白石はその写真を見てため息はついた。彼はその盗撮犯は犯人の可能性が高いと見ているらしい。
「他に何か情報があればいいんだけど。」
「いっそのことこのウェブサイトを警察に提出してー」
「それは駄目だ。そうしたいところだけど今は受験生。無闇に悪印象を与える行動は控えるべきだ。」
メディアが本当のことを書くとも限らない。むしろ煽るだけ煽るだろう。
歴研部の教室が静かになった。皆で深いため息をついた。 彼はあの時とは打って変わって不機嫌だった。

ーもしかしたら彼はあの時、証拠がまだ残ってるのではないかと思って油断していたのかもしれない。…あのときは僕の焦りすぎだったのか。

僕はこの部屋の空気をどうにかしようとわざと明るい声で発した。
「…とりあえず三年女子が犯人の可能性が高いってことでいいよね?」
「そうっすね!一歩前進っすね!」
一年生の九重友貴君は僕に同意した。どうやら彼も部屋の空気を明るくしようとしたらしい。僕は笑顔で頷いた。
「…そうだね。まだ、三日はあると考えて行動してもいいはずだ。」
白石の顔は笑顔だった。…けれど違和感のあるものだ。なにやらよくないことを考えているのだろう。僕は彼に釘をさしておくことにした。
「白石。焦ったりしたら駄目だよ…?慎重にやっていこう。」
この前とは打って変わって僕は違う発言をしていた。彼は僕をみた。
「わかってるよ?」
彼は僕にさも当然のような顔で返事をしてきた。その笑顔の不気味さに背中が凍りつくような感覚があった。