結局鞄は昨日教室に戻ると机の横にあった。汚れもない。

ーきっと、私が慌てすぎたのだろう。

私はそう思いながら靴を履こうとする。

コロンッ

「えっ、…」
私のシューズからは画鋲が落ちて来た。
「な、んで…。」

私は慌てる。すると、後ろにいる人に気がつく。

「あ、ああ、伊澤さん!そのまま動いちゃダメよ!」
担任の先生だった。彼女はどうやら段差につまづいて画鋲を落としたようだ。片手には運動会のポスターがあった。

ーなんだ、思い過ごしか。

私は納得した後に拾うのを手伝うことにした。

ーこれは、偶然だ。

私はそう思いながら画鋲を見つめた。







「おはよ!いやー。もうすっかり木曜日だね!運動会も目前に迫って来て!楽しみー!」
冬は満面の笑みで私の顔を叩く。
「そうねー!全くねー!」
私は彼女の髪を引っ張る。彼女はグェッといいながら顔を上に向けた。
「い、痛い…!」
「…嫌々。先にして来たのはそっちだから…!」
私は席に着く。机には何もない。いつも通りだ。
「どうしたの?光。」
「ん?あ、実は、思い過ごしかもしれないんだけど…。」
すると朔が疲れた様子で入ってくる。
「朔っ!どうしたの!?」
私は彼を見てびっくりする。顔がいつもより白い。
「ん。いや、大丈夫だよ?」
彼は私を通りのけて席に着く。そして死んだように眠る。
「…あー。そっか運動会か…。生徒会は大変だね…」
「え、そんなに?」
私は冬ちゃんに質問する。
「光は知らないか。かなり大変なんだよ。特にラスト一週間になると。無理難題の案件どっさり!雑務も盛りだくさん!」
「…そんなに…。」
私は朔を見つめる。

ー朔の力になりたい。

けれど今の彼を起こすのもはばかられて私は見守ることにした。








それからというもの、朔は忙しそうに休憩時間も生徒会室に赴いた。私は会話ができずにあっという間に月曜日、全校練習の日になった。炎天下の中で軽い道具だけを持って打ち合わせだ。朔は団長として生徒会の席には座らずにまえで先導している。

ー朔、大丈夫かな?

私は朔を見守る。
「伊澤さん、朔を見つめてどうしたの?」
すると司馬君は私のところへ訪ねて来ていた。
「あ、司馬君。おつかれ。黄組絶好調だね。あの調子で本番までいかれたら流石にやばいな…。」
「…本当に?僕を見てたの?」
「えっ?」
私は司馬君を見る。彼の目は私の言葉が取り繕ったものだと見抜いたようだ。
「…。本当は朔をみてたの。朔、また無理してるなって…。」
司馬君は彼を見る。
「…そうだね。無理してる。顔が会った時より白い。休むべきだ。」
司馬君でもわかるようだ。
「朔、身体、丈夫じゃないんだ。私、生徒会に入るときも反対したんだ。けど、朔は聞いてくれない。無理しちゃダメなのに。」
司馬君は私に何も言わず立ち去っていった。


リレーの練習の番が来た。私は一年生の子からバトンを受け取り走り終わっていた。私はバトンの受け渡しで前にいる同じチームの子と話していた。

「キャーッ」
ざわつき始める。私は振り向いた。朔が倒れていた。

「朔っ…!!」
私は全力でかれの元に走った。
「朔っ!しっかりして…!!」
「伊澤さん!揺れ動かさないで!とりあえず保健室に運びます。そこの君達!手伝って!」
私は頭の中が白くなるのを感じる。






「…熱中症だって。保健室の先生が今親の人に連絡してる。」
「…そうなんだ。ありがとう。司馬君…。」
私は椅子に座って朔を見る。顔が赤い。熱があるようだ。
「…騎馬戦の練習、午後からでよかった。もしそこで倒れたりなんかしたら…。」
「……。」
私は朔の汗をタオルで拭う。朔は目を覚まさない。うなされてるんだろう。
「…私、鞄取って…。」

ギュッ

朔は私の手を掴んだ。意識があるのかとみるがないようだった。


「いいよ。僕が取りに行く。そのままみてあげてて。」
「…。ありがとう。司馬君…。」
司馬君は笑いながら保健室を出て行く。ドアが閉まる。


「…これで、いいんだ。」
司馬は腕に力を込めてそういう。







司馬君が出て行って数分後、朔が目覚めた。
「朔!!」
朔の顔を覗き込む。
「…あ、光…。」
朔は起き上がろうとする。
「だめっ!起き上がろうとしたら!」
「大丈夫だよ。」
私はそういって起き上がろうとする朔を怒鳴りつける。
「馬っっっ鹿じゃないの!!」
私は涙がでそうになる。無理するなって、すごく心配してるのに、なんでわかってくれないんだろう。そんな私をみて朔は笑う。
「…大丈夫だよ。僕は。」
そして手招きしてくる。私はその手を叩いて隣に座る。頭をポンポンと叩いてくる。
「やめてよ!子供扱いなんて!私は朔より二、三ヶ月先に生まれたんだから!」
朔は笑わない。
「子供扱いなんてしてないよ」
「じゃあ何よ!」
私は朔をまた怒鳴りつけた。
「…ずっと、一人の女としてみてた。」
彼の目は静かに私をみていた。

「…なぅっ!?」

私は驚きのあまり舌を噛む。
「…ぷっ、あはは!」
朔はそんな私をみて盛大に笑う。
「…そんなんじゃ。子供扱い、だな。」
私は顔が熱くなる。その台詞は漫画でよくあるもので、朔はそれを知ってるのだろう。笑い続ける。

ー一瞬本気にしたのに!さいってー!

「もうっ!不意打ちさいってー!朔の意地悪!もう知らない!」

私は怒りのあまり朔をベットに押し付けて保健室を出る。



「…ははっ。…本気にしてもらえない…か。」
保健室は彼一人になった。



「…ふふっ。らっきー。」
桃瀬は携帯で写真を撮る。

ーまさに証拠写真といってもいい。決定的な一枚だ。

桃瀬は水筒を持ってそのまま廊下を歩いていった。