親戚や慎司の友人らひとりひとりに挨拶を終えた英司は、さっきまで慎司の傍で泣いていた唯がいないことに気づいた。尋常ではないほど泣きじゃくっていた唯の姿が急に見えなくなり、英司は心配になった。何か悪いことでも考えてはいないかと、辺りをきょろきょろと探した。
「お疲れさん。誰か探してるのか?」
 そんな英司に話しかけてきたのは、慎司の親友の直登だった。直登とは挨拶を済ませておらず、こうして顔を合わせるのは、オリンピック前に家に遊びに来てくれたとき以来だった。
「あ、いえ…妹を……唯がさっきまでいたのに見当たらなくて…」
「唯ちゃんならさっき勇介が連れてったよ。多分、葬儀場の裏かな」
「勇介が?」
「余計なお世話かと思ったけど、ちょっと発破かけちまった。連れてくとき結構目立ってたけど、お前、気づかなかった?」
「いえ、気づきませんでした」
「ま、それだけ泣くの我慢しながら仕事してればそんな余裕ねぇか」
「で、唯は?あの様子じゃ、あいつの方が…」
「唯ちゃんは大丈夫だよ。勇介がついてるから」
「だから、何で勇介なんですか?唯と勇介はそんな接点はないっていか…そんな仲良くはないですよ」
「それは唯ちゃんに慎司がいたからだろ。でも、もう慎司はいない。そうなったとき、唯ちゃんを救えるのはあいつだけだと思うんだよね」
「だから…」
 なんでなんですか?と、英司は少し苛立ちながら訊いた。すると、直登は自信ありげな顔で言い切った。
「勇介は、慎司に似てる。水泳の才能はともかく、あの雰囲気はどことなく、慎司を思い出させる」
 ずっと傍にいて感じなかったか?と、今度は逆に直登に質問されてしまった英司は、困惑した。
「兄に、勇介が似てるんですか?」
「それはこの先、自分の目で確かめな」
 でもっと、英司が言いかけたとき、遠くから『英司』と言う声がした。声の方を振り向くと、そこには見慣れた顔の団体がいた。
「コーチたちだ…」
「スクールのだろ?いいのか、呼んでるぞ」
「良くないっす。………行かなきゃ」
 まだ話していたいという空気を見せる英司に、直登は英司の頭を撫でながら言った。
「英司、また話そう。俺はいつでもヒマだから」
「直登さん…お願いします」
「お前もまだ中学生でここまでできて偉いよな。無理して倒れないよう、気をつけろよ。多分、あそこのコーチの連中も、お前が心配でしょうがないはずだから」
「そうですね……あ」
 会話がそこで終わろうとしていたその瞬間、英司はある人物を見つけ思わず声を発した。直登は気になり『どうした?』と訊ねた。
「あ、いや…森永さんがいるなぁって思ってつい…」
「森永?」
「森永…菜月さんだったかな?コーチではないんですけど、監視とかフロントとかやってるスクールのひとで、兄貴が結構気にしてたひとだったから…唯の手前隠してたけど、兄貴さ、女遊び激しかったじゃないですか。年上だけど可愛い感じのひとだったから、言い方悪いけど、兄貴狙ってたんじゃないかなぁって……そのひとが葬儀に来てくれて、兄貴も良かったかなって」
「………あれが、菜月さん、か…」
「直登さん?」
「ああ、いや。確かに、慎司の好みな感じだな。それよりいいのか、コーチ連中待たせて」
 直登が指差した方向で、コーチや水泳関係者が立ったまま談笑していた。怒っている様子はないが、結構な時間を待たせてしまったことに英司は気づいた。
「もうヤバイっすね。すみません、じゃあまた…連絡します」
「おう、無理すんなよ」
 去っていく英司の背中を見送りながら、直登は、後ろに隠れていた浅海にそっと囁いた。
「英司は普段あんなしゃべんないぜ。無理してる証拠。………お前が救ってやれば?」
 浅海はジッと英司の背中を見ていた。
「戦ってる、男の子の背中だね…」


御木慎司。
弱冠17歳という若さでこの世を去った、天才スイマー。
 オリンピックで慎司が魅せたあの泳ぎは、競泳界で伝説となった。