殴り、蹴られる彼女を見ていると、いつの日か、責め立てられボロボロになってしまった先生のことを思い出す。先生も、こんな風に朽ちていったのだろうか。当時理解できるはずもなかった情景を見るようで、僕は満足感に浸っていた。


そんなことを続けているうち、僕は秋奈がとても先生に似ていたことに気がついた。しかし、決して姿形がそのまま似ているというわけではない。秋奈の持つか弱さや美しさ、そこに混じる孤独感と冷えきった心、その暗い精神がまるで当時の先生のように見えたのだ。

理解し得なかった先生の心の奥深く、それと似たものを秋奈は持っていた。


────こんなところにあったなんて。


これで、やっと先生を理解できる。

そのとき僕は、秋奈を通じて、見えなかった先生の心情を知ることが出来ると確信した。なんという名案、なんという出会い。
あまりの衝撃に、喜びで声を上げてしまいそうになった。


運の良いことに、秋奈は図書室の常連だった。しかし僕は彼女に嫌われているのかもしれなかった。どうやって彼女に近づけばいいだろうか。どうすれば、話してくれるようになるだろうか。その日から、ずっと同じことばかりを考えていた。





そんなある日、僕は見てしまった。秋奈のいじめ現場の向こうで、影に隠れてほくそ笑むひとりの男子生徒の姿を。

後になってわかったことだが、彼の名前は岸田拓。どうやら秋奈と同じクラスメイトのようだ。


こんな人間、前にもいたのだろうか。
そんな疑問を抱いたが、彼は次の機会も、また次の機会も現場の近くで笑みを浮かべ、じぃっとその場を見守っていた。


なるほど、彼がいじめの発端なのか。そのときの僕はすぐに察しがついた。
例えば助けに行こうとしているならば、あんな風に笑ったりなどしない。だとするならば、筋金入りのサディストか、または特殊な性癖の持ち主だろう。


どちらにしろ、彼も僕と同じく秋奈に漬け込もうとする人間の一人なのだということを知った。


────邪魔だ。


ただ単純に、そう思った。


初めはこの気持ちが一体何を意味しているのか全く理解出来なかった。本当に彼女に惹かれてしまっているのか、はたまた先生を重ね見ているだけなのか。しかし日を追うごとにその真実が見えてきた。
柏木秋奈は、大切な、大切な────僕の。


岸田の魂胆を阻止しなければ。そのためには、秋奈をあの場所から救い出してやる必要があった。彼女の闇を眺め見る手段は消え失せてしまうが、今はそれよりも優先すべき事柄がその先にはある。


柏木秋奈の所有、僕の目的はただそれだけだ。