ふと時刻を確認して、図書室の扉の方を見つめる。
もうすぐ下校時刻が迫っている。どうやら、岸田は来ないようだ。普段なら嫌に思うはずの彼の登場も、今はなぜか姿を見せて欲しいと思う。募る不安は私の胸の内で膨張してゆく。
彼をあんな姿にしてしまった原因があるとするならば、それは恐らく自分かもしくは先生だろう。

その詳細を知りたくて、私は岸田が来ることをどこか期待していた。


しかし時は過ぎ、あっという間に他の生徒はいなくなる。
先生が図書室の鍵を閉め、こちらに向かってくる。私の目の前までやってくると、向かいの椅子に腰かけた。


「先生、岸田君を忘れろというのは、少し難しいです」


先生が来るなり、秋奈はそう言った。
瞬間、先生は目を細める。


「なぜ?」


「彼はきっと、私と先生の関係に不信感を抱いている。もしもこの関係が知れてしまえば大変なことになります。それに、顔色もどんどん悪くなっていて…様子もおかしい」


じっと先生の方を見つめた。先生もこちらに目を向けている。互いの視線が混じり合い、静けさの残るこの空間では二人の呼吸音だけが響く。


「今秋奈が一番気にしているのは、後者のくせに?」


「それは」


「やっぱり」


先生の言葉に、私は詰まる。先生との関係の破錠がどうでもいいわけじゃない、寧ろ何よりも大切な問題だ。
けれど、その時の私は"まだ大丈夫"とどこか安心していた。そのせいもあってか、意識は岸田の方へと向いてしまう。


「なぜ放っておけない?」


怒りのようなものを含め、先生は続けた。


「そもそも君は、彼を好ましく思っていなかったはずだ。そんな人間がどうなろうと知ったことじゃないだろう」


彼の怒りを含んだ貫くような強い眼差しに、私はこんな時でも胸を高鳴らせていた。先生が怒っている、普通なら怯む体も今は自然体でいられる。


────ああそうか。


なぜなら、その瞬間私は思ったのだ。


彼は、嫉妬しているのだと。