不思議なことに、本棚には何故か高校のアルバムだけしか置かれていなかった。青華高校のアルバムの両サイドには何かの論文のような書籍が並んでいる。他の場所を一瞥するが、それらしきものは見当たらない。

先生の方を見ると、彼は何ともない様子で答えた。


「捨てたんだ」


「どうしてですか?」


「いらないからさ」


先生はにこりと微笑むと、スーツの上着を脱いだり、鞄の中の書類を取りだしたりと身の回りの整理を始めた。そのままリビングを出たかと思うと、今度はスーツではないラフな姿になって戻ってくる。「晩は何を食べたい?」と言い、先生はキッチンに入って行った。


キッチンのカウンターから先生が顔を覗かせる。夕飯の会話に私が参加しないことを疑問に思っているように見える。

しかし、まだ何か考えている素振りの私を見ると、先生は、何をそんなになることがあるのか、と言った。


「秋奈だって、思い出に欠けるものや必要のないものは処分してしまうだろ?それと同じだよ。たまたまその対象が一般的ではなかっただけさ。特に残しておきたい思い出も無いし」


「いや、違うんです。そういうわけじゃなくて」


「ん?」


秋奈だって、小・中学校とろくな思い出は何ひとつ無い。

今思えば、全て消し去ってしまいたくなるような記憶、確かにそうかもしれなかった。過去に何度、アルバムの中で微笑むクラスメイトにカッターナイフを振りおろしたか分からない。処分とまではいかなかったが、家の引き出し奥に仕舞われたそれらは既に切り刻まれ、ぼろぼろになってしまったものばかりだ。

だから別に、先生がアルバムを捨ててしまったことに対して何か言いたいわけではない。


聞きたいことはただ一つ、他にある。


「高校時代は良かったことでも?」


先生は先ほど、“残しておきたい思い出もない”と言った。だから処分してしまったのだと。
ならば、高校時代だけは“残しておきたい何か”があったはずだ。でなければ今頃、燃やされ灰となり跡形も無くこの世から姿を消し去ってしまっていることだろう。
他のものを処分してしまっている先生が、唯一残しておきたいと思える何かを持った物、私はそれが気になっていた。