先生の家に着くと、合鍵を使って部屋の中に入った。照明のスイッチに手を伸ばし、真っ暗だった廊下に明かりを灯す。リビングルームに向かうと、テーブルの座席についた。


当たり前のように、先生はまだ帰ってきていない。本来ならば、今頃図書室で先生と秘密の対談をしていたはずだった。


逃した日課を寂しく思いながら、私はふと席を立って、そこらに飾られたアンティーク家具を眺め歩き回る。リビングの端に置かれた大きな本棚に目を移すと、並べられた文庫本の背表紙をつつっと中指で横に撫でた。

そのとき、私はふと指を止めた。


明らかに文庫本ではない、図鑑程の大きさと緑色の布っぽい質感を持つ書物に気を取られる。手に取って表紙を見てみると、そこには大きな金色の文字で『絆』と書かれていた。

下部にはある高校の名前が同じように表記されている。『青華(せいか)高校』、それは私が通い、先生が司書として勤めているあの高校のことだった。年号から見てみても、先生の今のおおよその年齢から逆算すればおそらく彼の高校時代とかなり等しいものとなる。これは、先生の卒業アルバムとみて間違いないかもしれない。


しかし、先生の母校が青華高校だったなんて。思いもよらない事実に驚くと共に、私は好奇心からそのアルバムの硬い表紙に手をかけた。

一組、二組と並べられた生徒の顔写真を順々に追っていく。全体で五つのクラスがあるようだが、まだ先生は見つからない。続いて三組、そして四組と写真を追っていき、やっと最後の五組のページを開いたその時、突如頭上から伸びてきた大きな手によって手元のアルバムが抜き取られてしまった。

慌てて後ろを振り向くと、アルバムを片手につまらなさそうにペラペラとページを捲っている先生の姿がそこにあった。


「人のアルバムを勝手に開くものではないよ」


「あ…ごめんなさい。それから、お帰りなさい」


ただいま、と先生は言った。


「今日は来なかったみたいだけど、どうかした?」


真っ先に先生がそのことについて問うた。
謝らなければと思っていたことを、私は思い出す。


「岸田君に呼び止められてしまって」


「また彼か」


先生は気に入らなさそうに目を細める。
咄嗟に謝罪の言葉を口にしようとしたが、その瞬間に放たれた先生の声に私は言葉を飲み込んだ。


「謝ろうとしているなら、しなくていい。君が意図したわけじゃないんだ。そういうこともあるだろう」


ありがとうございます、と私は言ったが、それもいいんだよ、と先生は止めた。

先生は手に持ったアルバムを本棚の元あった場所へと戻す。本と本の空いた隙間に埋められるアルバムを見て、あれ、とあることに気づいた。


「他のアルバムはどうしたんですか?」