岸田が真っ直ぐこちらを見ている。数秒後、口を開いた。
「あの時、助けてやれなくてごめん」
岸田が頭を下げる。あの時とは、恐らく私がいじめられていた当時のことを指しているのだろう。そんな彼に、大丈夫、と言った。
「仕方ないよ。私が岸田君の立場なら、きっと同じように見て見ぬふりをしてたと思う。それに、あなただけじゃない、みんなそうだったんだから」
「ちがう!俺は!」
「え?」
咄嗟に叫んだ彼に体が跳ねた。瞬間的に見せた恐ろしい形相に肩が縮む。
「あ、いや。なんでも」
岸田は、行こう、と路地を抜けていった。私も慌てて後を追いかける。
─────なんだろう、今の。
心に残るわだかまりを抱えて、岸田の隣に並んだ。どう会話を紡ぐべきかわからない。
ただただ、さっきの一瞬だけ見せた岸田の表情が頭の奥でちらついていた。
岸田はあれからずっと黙っている。叫んだ言葉の意味を説明してくれる気は無いのだろう。あまり人と関わるのが得意ではない自分にとって、会話がないことは良いことだが、流石にこの空気に耐えられるほど精神的に頑丈でもなかった。
「柏木さん」
そのとき、岸田の方が先に口を開いた。やっと変化を見せた空気にほっとして、「なに?」と返事をする。
「柏木さんの好きな人、やっぱり聞いちゃだめかな」
思いもよらぬ答えに私は戸惑った。前回彼は、"誰かなんて聞く気は無い"と言っていたはずだったが。少しの間を置いたあと、言葉を吐き出した。
「どうして?」
「だって、柏木さんいつも一人じゃん。俺以外他の生徒と関わっている様子もないのに好きな人なんて、不思議だなぁと思って。だったら、一体誰なんだろうって」
彼の言葉に、私は納得するしかなかった。基本的に他の生徒との関わりを遠ざけている私に、同じ生徒の想い人など矛盾にも程があるというものだ。
疑問に思うのも無理もない。
しかし言えるはずもない答えと、吐けない嘘に挟まれて、何も返すことが出来なくなっていた。
「もしかして、言えないような相手?」
追い打ちをかけるように岸田が問うた。鈍い音を立てて跳ねた心臓に眉をしかめつつ、苦し紛れに答える。
「そういうわけじゃ、ない」
「…そっか」
ならいいんだ、と岸田は言い、寂しげな表情を抱えたまま目線を下へ落とす。いつも調子のいい彼が、自分のせいでこんな風な姿を見せるのかと多少罪悪感を覚えた。
そんな風に歩いていると、道の奥で私の本来の家が姿を現してくる。目の前まで到着すると、秋奈は岸田に対して早々に別れを告げた。
「じゃあね、またあした」

