「先生、愛してる」



思わず彼の名前が零れる。
すると、岸田はへらりと笑って言った。


「一緒に帰らない?」


「どうして、また」


岸田は、私がいつも図書室に行っていることは知っていても先生と会っていることまでは知らない。
ここで断れば、読書のためだけの図書室に、そこまでして何があるのだと問い詰められる可能性もある。それを防ぐには、否が応でも岸田の要求を呑むしかなさそうだが。

岸田は気にしない素振りで答えた。


「また来るって、前にそう言ったでしょ」


前回帰宅を共にした時、確かに岸田はそう言った。どこか冗談だと思っていたあの言葉は、本気だったというわけか。
そういえば、私が学校を休んで図書室の書庫で匿ってもらっていたあの時も、岸田は私を探しに来ていた。


「…わかった」


そう言うと、岸田は満足そうな表情を浮かべたのち、またしても私の手を握った。離して、と言ったが聞こえていないのか、または聞こえていないふりをしているのか、聞き入れてはくれなかった。


─────また、先生に謝らないと。


そんな思いを抱えながら、連れられて教室を離れる。その途中で、岸田に「じゃあね」と挨拶を交わす男子や女子が何度と横をすれ違う。その光景を見て、岸田にある疑問を抱いた。


「岸田君って、結構人気あるんだね」


「そう見える?普通にしてるだけなんだけど」


「…そう」


"普通"、その言葉が私の胸にちくりと刺さった。普通とはなんだろう。過去、自分の思う普通を貫き通してもなぜかクラスメイトにいじめられる羽目になった。
なにがいけなかったのか、なにをしてしまったのか、考えても考えても答えは出なかった。
普通にしていると友達が出来るのか、こんなにも誰かに存在を認めてもらえるのかと少しだけ彼を羨ましく思った。


実際今でも、横を通る何人かの生徒が岸田と歩く私を信じられない者でも見るかのように振り返っていく。
過去にいじめられていた人間と仲良くしたい者がいるのかと、不思議に思うのも無理もないかもしれない。なんと惨めな光景だろうと、自分が馬鹿らしく思えて仕方がなかった。


そんなとき、岸田の握る手の力が少し強まる。どうしたのかと彼の方を見上げると、岸田は言った。


「走るよ」


「え?」


そう言った時にはもう遅い。
往来する生徒の間をすり抜けて、岸田はぐんぐん校門に近づいて行った。引っ張られる腕に足を何とか追いつかせて、私は彼に着いていく。やっと校門を抜けてしばらく距離を置いたあと、岸田は走るスピードを緩め、立ち止まった。

上がる息を落ち着ける。岸田の肩が全く上下していないのに対し、私は必死に呼吸を整えていた。