「何から何まで、ありがとうございます」
溢れてきそうな涙を堪え、震える唇言った。
元はと言えば、自分が家を飛び出さなければこんな迷惑をかけることもなかったのだ。彼なら助けてくれると、そんな風に確定しないはずの未来に甘えていたのかもしれない。
実際に、先生はこうして匿ってくれているわけだが、本当にこれで良かったのだろうかとも不安になる。いや、ここで断って家をまた去ったとしても、その後の私にはもうどこにも居場所がない。例え一瞬の居場所だったとしても、手放すわけにはいかなかった。
彼に、なぜと問いたい衝動と罪悪感を堪え、今はただ好意に縋っていることにした。
「じゃあ、僕は少し仕事が残っているから失礼するよ。僕の部屋は二階に上がってすぐ右の部屋だから、何かあればそこをノックして」
「わかりました」
「ちなみにこれから秋奈の部屋は、同じく二階の一番左の部屋になるから」
そう言うと、先生はリビングから立ち去ろうとする。しかし、私は咄嗟に彼の腕を掴む。待って、と呼び止めた。先生が不思議そうな表情を浮かべている。そんな彼に対して、言葉を続けた。
「部屋って、どういうことですか?」
先生は、確かに私の部屋があると言った。しかも一時的なものではない、"これから"という言葉まで付け加えてだ。この家に滞在できるのはせめて今日の一晩ほどだろうと考えていたため、先生の言葉に驚きを隠せなかった。
「そのままの意味だよ。仮に秋奈が、本当の家に戻るというのなら話は別だけど」
先生はさらりと言いのける。私にそんなつもりはないと確信していて言っているのだろう。彼のこの余裕な素振りはそういうものだ。
「一応、客間として使っていた部屋みたいだから対した設備もないけどね」
続けて先生は言うが、正直そんなことはどうでもよかった。戸惑う私を横目に、先生はにこりと笑って「じゃあ、仕事があるから」と去っていった。
その後、しばらくその場で固まっていた。
まさかの事態に何も考えることができず、ただ先生が通って行った扉を見つめる。彼は、ここに住んで良いと言っているのか。
はっとして我に返ると、真っ先に湿り気のある汚れた制服に目がいった。とにかく、この姿のままではいられない。
濡れた靴下を脱ぎ、多少遠慮の気持ちを持ったまま脱衣所まで歩く。
脱衣場の扉を閉めると、棚の上に置かれた衣類が目に入つた。黒のTシャツと軽やかな紺の半ズボンジャージ、恐らくこれが用意された服なのだろう。
湿って少し脱ぎにくくなった制服を肌から離す。冷えた肌と直接空気が触れ合って身震いした。
浴室の扉を開く。タイルに足を踏み入れると、先にシャワーコックを捻った。
─────これから、どうすればいいんだろう。
自分の事なのにまるでこの先がわからない。そんな不安を抱えたまま、私は二日ぶりの温水を頭から浴びた。

