「先生、愛してる」



あの表情が怒っていたのではなく、焦りの象徴だったとして、一体どういう意味を含んでいたものなのかを知りたかった。

確かに私はあのとき、彼に対して震えを覚えるほど恐怖していた。嫌われてしまったのではないかと心中思いながら、後悔の渦を巻いていたというのに、それは全く違ったというのだろうか。


見るからに困惑した表情を浮かべていたのだろう。怖がらせてしまってすまない、先生は私に向かって言った。


「岸田君に対して、ちゃんと嘘をつけていただろうかとか、他にも、今後について少し心配なこともあったから。それが後々まで顔に出ていたみたいだ」


優しい声で先生は言う。普段の先生が帰ってきたようで、少し安堵した。とにかく、怒ってはいなかったのだという事実に胸を撫でおろす。先生でも焦りを覚えるほど、岸田拓という人物の存在は大きなものであるということだろうか。

少なくとも自身を心配してくれていたのだということを、素直に嬉しいと思った。


「あの、最後、彼と何を話していたのですか?」


最後まで聞かないでいようとは思っていたが、やはり気にかかり私は問う。私の頬を撫でる先生の手がピタリと止まった。滑り落ちるように手が離れ、先生はカウンターの整理へと戻っていく。


その様子に、妙な違和感を感じた。


「まぁ、大したことじゃないよ」


先生はうっすらと笑って答えた。いつもなら、先生は質問には必ず答えをくれる。しかし曖昧に告げられるこれは、一体なんだろう。それは岸田と先生の会話の中に、私という存在を介入させまいとする拒絶反応のようにも見えた。


──────入ってくるな。


何故だか、そう言われている気がしたのだ。


「そう、ですか…」


少々ぎこちない返事を返す。


岸田と先生の間に何があったのか知る由もないが、先生が"大したことじゃない"と言う限りはそう捉えるしかなかった。中身を打ち明けてくれない事実に、苦しさを覚える。それ以上何も聞き出せないまま、ただただ居心地の悪い沈黙が訪れた。

妙な違和感だけが、油のようにしつこく心の隅にへばりつく。