始めに目次を確認する。それは全六章で構成となっているようで、全体で見て三百ページほどだった。さらにページを捲っていく。序章の出だしには、こう書いてあった。


"それまで闇夜で立ち竦んでいた私を導いてくれたのは、彼という存在だった。今までどれ程分厚いの雲に覆い隠れされていたのか、彼は突然現れて月光のごとく私の足元を照らしてくれたのだ。導かれるまま私はその光を頼った。恐る恐る足を前へ差し出し、慣れた頃には走れるようにもなっていた。彼に近づきたい。もっと近くで、触れてみたい。欲望は、すぐに行動へと移された。"


これは二人の男女から成り立つ物語らしかった。タイトルの意味にも出だしで直面する。ほとんどの本ならば、タイトルの正体は後半まで引き伸ばしてしまうものだが、珍しい書き方だなと思った。

その後も、惹きつけられるような美しい文字の羅烈に、私は思わず恍惚のため息をついた。簡単にすらすらと文章を書き綴るだけでなく、比喩や擬人法を使いこなし、物事の情景を繊細に表現する。

一概に「こうだ」とこの本の特徴を決めつけることは出来ないが、私は「こんな美しい文章を書く作家が存在していたのか」と度肝を抜かれた。あえて説明を加えるとするならば、この作家は”書く”ではなく”描く”に等しいものを表現しているということだ。


私は夢中でページをめくり続けた。まだ序盤ではあったが、一気に引き込まれた。情景がイメージしやすいだけあって、まるで”物語”という世界に足を踏み入れたかのような感覚に陥る。


そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、気づいて顔を上げると図書室にいたはずの生徒は誰ひとりとして残っていなかった。その代わり、目の前の座席には受付カウンターにいたはずの先生が頰杖をついてつまらなさそうにこちらを凝視していた。