それを見て、頭をあげて、と私は岸田に促す。彼の申し訳なさそうな表情が、ちくりと胸を刺した。
「こんな事で腹を立ててしまうくらい、面倒臭い女なんだよ。それでも、まだ好きだと言える?」
秋奈は問うた。岸田は少しの間の後、口を開いた。
「好きだよ。何回拒絶されても、明日の朝も会いに行くし帰りも誘いに行く」
岸田ははっきりと言った。
「それはそれで迷惑だけれど」
「でも、それだけ柏木さんを惹き付ける奴もいるってことだろ。燃えるじゃんね」
「馬鹿じゃないの」
そして、ようやくまた歩みを進める。特に会話を交わすことはなかったが、その後もなんとなくずっと一緒に歩いていた。住宅路を進んでいくと、黒と白のモノトーンで統一された自宅が見えてくる。目の前に到着すると、岸田はまた明日と手を振った。
対して私は、彼の方を振り返り軽く頭を下げただけですぐに家の中へ入った。
扉の鍵を締め、ほっと一息をつく。ずっと肩に力が入っていたせいか、首周りが重たく感じた。
ローファーを脱ぐと、廊下の壁にもたれかかりながら茶色いフローリングの床をずるずると歩く。今日は疲れた。早く部屋のベッドで横になろうと、自室を目指していた。しかしその先で、いつも居ないはずの人物がリビングの扉から姿を現す。
驚きで息が詰まった。母だった。
「案外早かったのね」
黒のスーツに厚化粧を施した気味の悪い女が、私に向かって言った。母に会うことが久しくて、昔からこんな顔だったけと記憶を手繰らす。自分の記憶の中では、化粧は薄くすっきりとした顔周りだったはずだ。知らない間に、男の気を惹く売女のような姿に変わってしまっていたことに、思わずげんなりとした。
「お母さんこそ、帰ってくるなんて珍しい」
「仕事の書類を取りに来ただけよ」
母は言った。しかしその瞬間、なにやらリビングの奥の方で物音がした。気になって目を向けると、扉から知らない男が上半身を丸出しに、下着姿のまま出てくる。
「おい、なんだ真希(まき)うるさいぞ」
「ああごめん、娘が帰ってきたみたいで」
「娘ぇ?」

