「どうせ秋奈はここから離れられないんだ。だったら、気にする必要はない」


確認の意を込めて、僕は言った。二つの目を凝視して彼女の返答を待つ。嘘や疾しいことがあれば瞳は泳ぐし、真実を述べるならそれは真っ直ぐであることだろう。
僕が放った"ここ"という言葉を、図書室と捉えるか僕自身と捉えるか、それは秋奈に任せよう。秋奈が傍にいるのだという証言さえあれば、それで満足だ。


「そうかもしれないですね」


秋奈は言った。瞳に揺らぎはない。


この言葉だけで安心が得られる。
かつて誰にも何も言わず、一人で命を絶った先生を頭に浮かべる。彼女にトラウマのようなものを植え付けられているのだ。近くにいる、離れないという事実がないと不安で不安で、思わず叫び倒してしまいそうになる。こんなこと、今までに無かった。そう、柏木秋奈に会うまでは。


「そういえば今日、夢を見ました」


「夢?」


突然に彼女は言い出した。思わず聞き返す。


「始まりの、あの日の夢を」


「ああ…」


僕は頷いた。


「あの日からだったね。深く関わるようになったのは。秋奈がずぶ濡れの姿で、涙を流しながら走ってきた時は驚いたな」


僕は喉を鳴らして笑った。
すると、「もう」と秋奈の頬が膨れ上がる。


驚いたな、なんて述べて、仕組んだはずのことを偶然のように装うのは仕方の無いことだ。秋奈は素直に、あの日のことは全て偶然であったと思っている。僕が毎日、図書室の窓から秋奈を見つめ、快感を得ながら接触のタイミングを見計らっていたことなど、彼女は知らなくていい。