Kyo-said

「ああ…眠ぃなァ…」

 ひどい寝癖を揺らしながら歩く金髪の学生、 右月 京 (みぎつき きょう) は誰に聞かせるでもなくつぶやく。
 ところどころ着崩してはいるものの、 その学生服は正規のものであり過剰な改造は施していない。

「毎日毎日、 学校に行くまでがツラいところだよなァ」

 半目ながらに愚痴をこぼす彼の足どりは重いが、 まっすぐに学校へ向かう。
 すこし猫背になりながらも両手をズボンのポケットにしまいこみ、 寝癖ではねた髪が揺られて生き物のような動きをする。

「あれだなァ……。 ウチから学校まで直通の電車とかあれば楽なのだがなァ」

 大通りに出るまでの間は見通しの悪い小道。 朝の7:00という早い時間なので、 人通りは極端に少なく、 彼は普段から一人愚痴をこぼしながら歩いていくのが日課だった。

  「ンン~……。 そういえば明日は英語の小テストだったなァ……。 面倒だが今日帰ったら勉強しねェとやば… !!!???」

 明日の小テストのことを考えていた京だったが、 その思考は妨げられる。
 突如現れたのは、猛スピードで曲がってきた黒い車だった。
避ける間もなく京に真横から衝突。

ガンッと音を立てて、京の体は『打ちあがった』 。

 交差路の右側から突如として現れた車に向かい、 瞬時に右足を車に蹴りあわせる。 と、 同時に左足で少しジャンプすれば、あとは車の力によって京の体は真上に『打ちあがる』 。
 車の衝突に合わせた右足から伝わる衝撃を遠心力で相殺する。

回転。 回転。 回転。

 打ちあがった空中で体を回し、 回転させ、 車に衝突された際の衝撃を緩和させる京。 まるで体操選手のような──いや、時速 数十kmの普通車両の衝撃を完全にいなし切るなんて芸当はたとえ体操選手であっても不可能だろう。

 そんな偉業をなしつつ、京は考える。

──なんだァあの車… こんな朝早くから、 それもこんな路地で……なんか急ぎの用事でもあんのかァ?

考えながらも、車に撥ねられた──いや、 跳ね上がった衝撃を完全に殺し切り、 華麗なるきめポーズをし、着地。

「着地ィ、 ででーん……」

効果音は自分で言う。

辺りを見渡すが、 周りにもはや車などなかった。

「……まぁ、轢き逃げだわなァ」

 まるで、「ああ、今日はいい天気だなぁ」とでも言うように、 平然と、 そして
淡々と京はこの『事故』を無かったことにした。

──被害は俺だけ、 そして俺はケガしてない。 それならこの『事故』は起こってねェのとかわんねェからなァ……。 面倒だし、 さっさと学校に行く ??「ねえ、ちょっと!!」 か…ってァァん?

思考中に何者かに声をかけられた。
反射的に振り向こうとした体をとめ、 一度深く考えてみる。

──誰かは分かんねぇが、 ここで振り向いちまったら面倒なことになる気がする。
──……無視だな

 自分が納得したこの事故の直後に話しかけてくる奴なんて、どうせ面倒に決まっている。
ならば無視。 朝から事故なんていう極めて面倒な事態に陥った上に、 さらにそこに話しかけてくるような『めんどくさそうな人間』に対する意味はないだろう、 と京は考えた。

??「聞こえてるんでしょ!そこの金髪の人!」

声の主…… 恐らくは女性、 いや女の子であろう。
絶対的に面倒なことが起こる。 だいたい、少女漫画でもよくあるじゃないか。登校中に出会った二人が恋に落ちて…。

──いや、 そういえばそんな状況、 普通ありえねェよなァ。 初対面で恋に落ちるとか、 完全に顔目当ての面食い女じゃねェか。 アイドルおたくとなんら変わらねェな。少女漫画のヒロインって奴ァ

??「ねぇってば!」

──やかましい! 無視されてんだから、 ほっとけよ!

声の主はそうもいかない堅物らしい。
完全に無視している京に対し、 後ろから声をかけ続ける。


??「聞こえてるじゃない!車に轢かれたんだから病院にいかないと!」

──おォ?しつこい女だなァ……

 若干の関心を覚える京。 しかし、 感情的にはこのまま無視するほうがめんどくさそうだな、程度の感想を持った。

「……ちゃんと着地しましたからァ……お構いなくゥ……」

 適当な、府の抜けたような返事をする。
 まったく無視をして効果がないなら、 気の抜けた返事程度をすれば多少の効果はあるだろう、 とりあえず無視をし続けることに効果はなさそうだ、 と考えてのこと。

  しかし京の思い通りに事は運ばず、声の女は三度呼びかける。

??「もう!そういう問題じゃないの!」
 
 強制的に振り向かせようとするつもりなのか、 後ろから詰め寄ってくるような気配を感じる。
 

──ここはもう脅したほうが早いかァ? 不良っぽく

そんな風に考え、京は勢いよく振り向く。
「あ゛ァン?もう面倒くせェなァ!」
面倒くさいは事実であるが、 実際のところそこまで怒ってはいない京であった。

──ビックリさせればいなくなるだろ……的な?

怖い顔風にしているが、 内心はこれである。

バッと振り返る。
そこにいたのは同じ学校の女生徒だった。
 凛とした瞳に、キッチリ着こなした制服。スカートは若干短めだが、おおむね学校の規定する理想の女生徒、といったような風貌である。

──風紀委員だな、 まるで。 うちの学校に風紀委員なんていねェはずだが。 ていうか、 アニメや小説の世界しか風紀委員なんていねェだろうが。 まァどうでもいいけど。 ……とりあえず、 ここは一層不良っぽくテキトーに意気込んでおくか

 「なんなんですかァ?お前はァ!知り合いでもなさそうなんですけどォ?」

 目をギラつかせ、 いかにも不良らしく意気込んでみる。
 しかし、 怒こっているふりである。
金髪に合わせてそれっぽい不良を演じているだけ。

 「確かに私は知り合いじゃないけど、車に轢かれたような人を見て見ぬふりはできないの!その制服を見た感じうちの学校の男子生徒ね」

ビシィという効果音が聞こえてきそうな勢いで指をさす。

──人を指さすんじゃねェよ。風紀委員

いや、彼女が実際風紀委員なのかは京は知らないのだが、 もうすでに京の中でこの女の子は風紀委員になっていた。

「…そうですけどォ? 妙石高校に通ってますけどォ? だからなんだァ? カカカッ! 保健室にでも連れて行くつもりかァ? この俺を?」

 冗談交じりな自分の言葉に邪悪な笑みを浮かべる。
 
──なんなんだ? コイツ……。 一応不良っぽい俺に対して随分な口のきき方じゃねェか。 うぜェからさっさとどっかに消えてくんねェかなァ……

 目線は女生徒を睨んでいるにも関わらず、 京が考えるのはあくまでもそんなこと。

「そのとおり!」
 自慢気な顔をする女生徒。 凛とした瞳に光がともっている。

──……は?

 自信に満ち満ちた笑顔の女生徒に比べ、 京は間の抜けた顔をしてしまった。
風紀委員のような女生徒は、ぱっと京の手を握り、そして一気に走り出した。
 
「ンな゛!?」

──おォう……なんだなんだ!?コイツさてはすげェアホなんじゃねェか!?風紀委員め。うちの学校にはそんな委員会はありませんよォ~バーカバーカ‼‼

適当な悪口を思い浮かべながらも手を思いっきり引かれるがままに連れていかれる。
学校まで残り数百メートル。体勢を整える暇もないまま。


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