結局私はあっちの世界にいた間、家出をして川辺の橋の下で野宿していたことになった。あの並行世界のことは、私と朔、そして想史と穂香の四人の秘密。

そしてあっちの想史と過ごした日々のことは、私だけの秘密。口に出せば思い出がすり減ってしまいそうだもん。それに、他人には恥ずかしくて話せないこともある。

帰ってきてしばらくは、自分がした不思議な体験を思い出しては、部屋の窓から月をのぞき見たものだ。公園のすべり台には、あれ以来一度も近づいていない。私があっちの世界に行くたび、朔の命が危うくなった。それに気づいたのは帰ってきてからだった。

多分私たちは、この世界でどっちが欠けてもダメなんだ。そう解釈した。うっかりトリップしてまた朔が死にかけちゃいけないので、すべり台には近づかないようにしている。

そしてあれから二年半。あのときの出来事は、記憶から薄れることはないものの、わざわざ思い出すことはほとんどなくなっていた。本格的に受験に挑むようになってからは、月を見てセンチメンタルになっている時間もなかったから。


「じゃあね、朔。体には気を付けて」


一年の時の宣言通り、見事県外の難関国立大学に一発合格した朔を新幹線のホームで見送る。声をかけたのは、相変わらず朔命のお母さんだ。

あのとき張り飛ばされたことで、私もお母さんに愛されているんだと、妙に納得した。本当にどうでも良ければ、あんな風に怒ってもくれなかっただろう。