行かなきゃ。今しかない。

身を引き裂かれるような思いで、想史の手を離した。その顔が、涙でぼやける。

ありがとう。なんてことない登下校の道。繋いでくれた大きな手。抱きついた広い背中。全部が温かかった。

サッカーの練習、格好良かった。他の子じゃなくて私を選んでくれた。コスモス畑、綺麗だったね。

さようなら。さようなら。愛してくれてありがとう。あなたと会えた奇跡、絶対に忘れないよ。

たくさんの勇気を、ありがとう。

最後に見えた想史の顔は、優しく笑っていた。溢れて止まらない気持ちを振り切るように、月の方だけを見た。

ざぶりと、足を川につける。流れの勢いに体ごと持っていかれそうになるけど、なんとか堪える。

帰るんだ。みんなの元へ。朔がいる、私の世界へ。

強く自分に言い聞かせ、川の中へと入っていく。溶けあう月の光の中に入ったかと思うと、突然足ががくんと揺れた。

気が付けば川の中に飲みこまれていた。息を吸い込む暇もなかった。目を開けることもできない。もがいても、足で地を蹴ろうとしても、頼りになるものは何もない。

耳元でごぼごぼという水音が聞こえたけど、それもすぐにしなくなった。体中から力が抜けていく。

私、元の世界に戻る前に死んでしまうかも。

そう思った時、ふとまぶたが少しだけ開いた。

黒く汚い嵐の後の川に飲みこまれているはずなのに、広がる景色は一面真っ白だった。柔らかな月光のベールに包まれているみたい。

ああ、朔。本当に天国みたいだね。

まぶたを閉じる。まるで眠りにつくように安らかに、意識が離れていくのを感じた。